「従軍慰安婦」論争に分け入って…ドキュメンタリー映画『主戦場』

映画『主戦場』のミキ・デザキ監督
映画『主戦場』のミキ・デザキ監督

従軍慰安婦問題をめぐる論争をテーマにしたドキュメンタリー映画『主戦場』が、4月から渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開され、またいくつかのミニシアターでも上映されて大きな話題となっている。

この映画は、日系アメリカ人・ミキ・デザキ監督が、慰安婦の人数や強制性の有無、証言の信用性、性奴隷という用語が適切かどうか、など慰安婦問題をめぐる様々な論点について、右派言論人や政治家、歴史学者、元慰安婦の支援者など、主張の対立する論者たちに、インタビューを重ねていく作品だ。

慰安婦問題は様々なメディアで取り上げられきたにも関わらず、朝日新聞が記事を訂正するような報道があり、慰安婦問題が間違って伝えられかのような印象が与えられた。それ以降はマスコミでの報道が萎縮している。しかし、韓国での反応を見ればわかるとおり史実や政治や人権という問題で解決していない。

4月25日にはTBSラジオの『荻上チキ・Session-22』で、その話題の『主戦場』の特集があったが、監督の意図や日本社会の現状認識など興味深い内容で、ここに抄録した(ドキュメンタリー映画『主戦場』-様々な主張から見えてきた、従軍慰安婦論争の本質とは?)。映画を観るうえでの参考になればと思う。
https://www.tbsradio.jp/363390

なお、この映画の余波として、都内で映画の中に登場している「慰安婦」問題を否定する立場の論者7名が5月30日に記者会見を開き、「学術研究だと聞いたから協力したのであって、商業映画への出演は許諾していない」「事前に映像を見せるという約束が守られなかった」などと主張、映画の上映差し止めを求める抗議声明を発表した。

それを受けて6月3日にミキ・デザキ監督が反論の会見を開いた。反論に関する内容は以下のインタビューでも若干触れられているので、参照願いたい。

ミキ・デザキ監督のインタビュー

この映画や問題について新聞社はみんな興味あるらしいが、記事にするのは難しいらしい、と聞いている。メディアの反応からこれはセンシティブだ。これは自己検閲の問題がある。

最初は日本にも人種差別がある、という動画をユーチューブにアップしたところ、ネトウヨといわれる人たちから攻撃を受けた。当時は植村隆さんが自殺しろなどと攻撃されていて、共通しているところがあると思った。慰安婦問題をどうして沈黙させようとしているのか、隠蔽しようとしているのか? 隠されているものを明らかにしたいという衝動があったかもしれない。

ドキュメンタリーという映画のスタイルはじっくり座って見てもらうことは、ネットの動画とは違うものがある。3年ほどかかり最初は取材を取り付けるのに苦労した。リサーチを充分に行いました。スケジュール組んでやるよりも、やるだけやってみて出たとこ勝負かと思った。

上智大学の大学院生だったので、そのとおり自己紹介した。ご意見をお伺いしたい、と言った。正直に慰安婦問題の先入観はなかった。取材した方の意見を曲げることなく、お伝えする、というスタンスだった。最近、出演者が商業映画とは思わなかった、という発言がネットで出ましたが、出演して頂く場合はリリースフォームという許諾文書にサインしてもらっている。

秦郁彦先生に出演していただけなかったのは残念。当初は取材を受けていただけるということだったが、次々とハードルを上げてきた。結局は取材を受けたくなかったのだろう。高橋史朗先生にもお願いしたが拒否された。何故こういうことを言うかというと。右派の学者を取材していないと批判を受けたからだ。

ドキュメンタリー映画はまず見ていただいて、自分で真実に向かっていくのがあるべき姿ではないでしょうか。左派の方も自分の意見と同意するから見るのではなく、自分の考え方を問い返すきっかけとして見てほしい。どちらが論が筋が通っているかどうか分かっていただけると思う。

論争を描いていくなかで、それぞれの論者の中心的な言説をメインに編集した。アメリカ人が見ると論争が長すぎる、という感想らしい。この映画は韓国と日本の一般の方の向けにつくったのだが。

女性の性被害について、証言が信憑性を持たれないということに関しては、現代においても有意義な点がある。かつて韓国では女性が性暴力被害について声を上げるのが難しかった、そして、かなり改善された現代社会においても難問であることが「ミートゥー運動」なかで分かってきた。

慰安婦問題のハルモニたちの証言をそれほど使っていないのは、他にそのような映画があるのと日本人は証言にうんざりしているのではないか、信頼されていないと感じた。それで、どうして証言が批判されているのか、どういう意味を持っているのかを映画の焦点にした。

「性奴隷」や「強制連行」という言葉の認識・意識の違いがあり、言葉の定義を国際法を土台にすべきではないか、国際法に定義された単語のもとで論争することが重要ではないか。共通の言葉を見つけて前進していかなくてはならない。

韓国での観客の反応についてお話したい。女性はおおむね好評だったが、男性は批判的だった。それは、この映画のなかで韓国社会の父権的な傾向を批判しているからではないか。現在の韓国ではジェンダーウォーという闘いが繰り広げられていると聞く。元慰安婦のみなさんがカミングアウトするのに時間がかかった理由のひとつとして、父権主義的な社会のなかで「恥の文化」というものが植え付けられていたからではないか。

歴史修正主義者に居場所を与えてはいけない、という理由はわかります。ドイツはホロコースト否定論はフリンジな存在だが、日本の歴史修正主義の場合は大きなプラットホームのなかで発言している。右派の言説が受け入れられている状況だ。

この映画は右派と左派、両陣営の論争を文脈も含めてきっちりと伝えたい、というものであった。それが結果としてカウンターとして見えるのは、日本の一般の議論のなかでは右派の議論しか聞こえてこない、それが理由だと思う。

まあ、正直に言いますと、映画よりも本を読んで欲しいという気持ちもあります。ユーチューブとツイッターで理解してしまう現状があり、そこでドキュメンタリーならば娯楽性もあり本を読むよりも時間がかからない、ということで。

「真実」という言葉があります。歴史修正主義者がよく使う言葉ですが、キャッチーな使いやすい言葉です。自分に都合のいい情報を集めると、そこに真実があるように見える。私は「真実」に近づきたいとは思いますが、それを知っているということではないだろう。不遜ではないか。

この問題が政治にまみれてしまっている、ということが苦しい理由のひとつでだ。ある目的のもとに発言されている、ということ。この論争があまりにも政治化されてしまっているなかで、あるべく筋を追って、議論を伝えたいと思いました。わかりやすく、明快な理解に到れるようにつくった。

(TBSラジオ『荻上チキ・Session-22』)
https://www.tbsradio.jp/363390

(文責:編集部)

映画『主戦場』

映画『主戦場』のシーン

追記:6月19日 「慰安婦映画の上映中止を=「出演は無許諾」と提訴」-東京地裁 (6/19(水) 17:22配信 時事通信)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190619-00000095-jij-soci 
デザキさんと配給会社は、連名で「訴状を読み適切に対応する。大切な作品で、一人でも多くの人に見てほしい」とのコメントを出した。 

■参考

映画『主戦場』その後〜デザキ監督の記者会見から(「マガジン9」HPより) https://maga9.jp/190605-5/

会見するミキ・デザキ監督

会見するミキ・デザキ監督/慰安婦映画『主戦場』リアルバトル 「騙された」vs.「合意を果たした」2019年6月7日(「newsweek」より)

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/06/vs-23_2.php

  映画『主戦場』公式サイト http://www.shusenjo.jp/