問われ続ける靖国神社

講演する纐纈厚氏(明治大学特任教授)

集会で講演する纐纈厚氏(明治大学特任教授)

2019年12月23日に東京地裁は、中国人の作家である胡大平被告(54)に対して、懲役1年2月、執行猶予3年(求刑懲役1年2月)の判決を言い渡した。裁判となった事由は、その年の8月19日午後、東京千代田区の靖国神社の拝殿にある白色の天幕に墨汁をかけて汚損した、というものである。

・靖国神社に墨汁かけた中国籍の男、初公判で無罪主張 → 弁護士「憲法が保障する表現行為」(https://snjpn.net/2019-11-21)
https://snjpn.net/archives/168116

これに先立ち、12月16日(月)に文京区民センターで 「12・16 緊急講演会」として、纐纈厚氏(明治大学特任教授)が、「日本の中国侵略と靖国神社」という講演があり、胡大平氏の弁護団からは経過報告と地裁判決に向けたとりくみが話された。主催は胡大平救援会。

救援会によれば、胡大平氏は、靖国神社がA級戦犯を合祀し、遊就館の展示内容に中国人を侮蔑する「支那」を多用するなど、日本軍の中国侵略を今も美化していることに怒りを募らせ、作家としての止むに止まれぬ思いから拝殿の布幕に墨汁をかけた、という。

同じ年の5月28日には、韓国人の遺族が靖国神社の合祀の取り消しを求めた訴訟で、靖国神社が原告の請求を棄却した。韓国人の遺族27人が2013年10月に日本政府と靖国神社を相手取って起こした第2次訴訟の判決公判で、訴訟を起こしてから5年7か月ぶりの判決だった。
・KBS WORLD Radiohttp://world.kbs.co.kr/service/news_view.htm?lang=j&Seq_Code=72202

東京地裁前で不当判決に抗議する韓国の遺族原告・弁護団。ノー!ハプサ(合祀)よ

東京地裁前で不当判決に抗議する韓国の遺族原告・弁護団。[ノー!ハプサ(合祀)]より

「南京大虐殺を忘れるな」と中国語で書いた横断幕を広げて抗議する

「南京大虐殺を忘れるな」と中国語で書いた横断幕を広げて抗議する(You Tubeより)

2018年12月12日には、香港から渡航した中国籍の男女が、靖国神社参道で「南京大虐殺を忘れるな」と中国語で書いた横断幕を広げ、A級戦犯の東条英機・元首相の名を書いて位牌(いはい)にみたてた紙の箱を燃やし、抗議行動をした。その様子も動画撮影された。これに対して建造物侵入罪で起訴され、東京地裁で有罪判決が出されている(2019年10月10日)。
・靖国神社境内は「建造物」侵入し抗議の中国人2人有罪(「朝日新聞デジタル」2019年10月10日)
https://www.asahi.com/articles/ASMBB51J2MBBUTIL01X.html
上記については、「正当な理由なく靖国神社の敷地内に侵入した」建造物侵入という罪状で起訴されたが、外苑は誰でも自由に出入りできる場所であり、逮捕・起訴は不当である。また、裁判所は、被告人両名に対する度重なる保釈申請をも却下し続けて、結果的に10カ月にわたって身柄を勾留し続けるという、重大な人権侵害も問題視されている。

・10月10日の東京地裁不当判決に抗議します(12・12靖国抗議見せしめ弾圧を許さない会)
http://miseshime.zhizhi.net/

近年では2011年に靖国神社で放火事件があり、かつての日本軍弾圧の犠牲者の子孫という中国籍男性が靖国神社に放火した、と話している。2013年にも韓国籍の男性が「日本が歴史を歪曲したので腹が立ったので」と靖国神社へ放火しようとして未遂に終わっている。

・政治犯の地位を要求する靖国放火中国人…「祖父は抗日闘争の英雄」(「中央日報日本語版」2012.11.03)
https://japanese.joins.com/JArticle/162486

また、靖国神社のトイレに火薬入り発火装置を仕掛けたとして、韓国籍男性が逮捕・起訴されている。(「産経ニュース」2016.7.4)
https://www.sankei.com/premium/news/160701/prm1607010005-n1.html

そして、2009年8月11日には台湾の先住民の人々が靖国神社の拝殿前で抗議活動を行い、台湾先住民の元兵士の合祀取り消しと日本政府による謝罪と賠償を求めた。
https://www.excite.co.jp/news/article/Recordchina_20090811030/

当然ながら、ニュースに採り上げられない靖国神社への抗議行動や日本人(国民)による靖国神社への首相参拝の違憲確認・差止め(憲法の政教分離原則に反する)、原告人格権の侵害への賠償請求訴訟も続いている(2001年8月、小泉首相の靖国神社参拝。2013年12月の安倍晋三首相の靖国神社参拝など…)。

なぜそのようなことが続くのか。靖国神社は明治以降に設立された。明治政府と朝廷のために死んだ人を選んで祀った東京招魂社が元になっており、その後も大日本帝国のために死んだ兵士たちを祀っている。戦後もその構図は変わっていない。靖国神社は、いまも日本の関与した戦争はすべて正しい=聖戦と位置づけており、靖国神社の目的は追悼ではなく「顕彰」にあるという。そして韓国、中国などが公式参拝を批判するのは政府の歴史認識と全く相反する歴史認識を主張しているからである(『靖国参拝の何が問題か』内田雅敏 平凡社 2014年)。

また、靖国神社のような発想は、日本社会に敗戦後から通底して存在していた。従来より日本の政権閣僚、政党やマスメディア、さらには一部民衆にもポツダム宣言を受諾して東京裁判を受け入れた立場と、西欧列強から近代を押し付けられ米国との戦争に引きずり込まれたという身勝手な被害者的意識があり、戦争責任や植民地支配責任など、歴史認識が不徹底のまま二重規範のように存在していたことも事実である。このような曖昧で微温的な世間が、「日本は悪くない」という思想を温存し、靖国神社を拠り所にするような利用の仕方をしていたとも言えるのではないか。

靖国神社は単なる宗教施設の問題ではなく上記のように、内に向かっては天皇制国家の為に死んだ人間を顕彰する施設として機能する。天皇制国家のために死んだことを喜ぶという、倒錯した思想を持っている施設なのだ。それ以外の事象については、日本人でも空襲で亡くなったりした一般の戦没者や、事故で亡くなった人たち、たとえば八甲田山で遭難した軍人たちや、朝敵とされた会津藩の人たちや西郷隆盛などは祀られていない。ようは差別して祀っているのだ。そのため、それの犠牲になった人々、たとえば植民地朝鮮で抵抗した人たち、中国で日本軍によりが虐殺された人たちは当然ながら、祀られてはいないし、それどころか、犠牲や虐殺が正当化されるのだ。

・亀井静香氏「西郷隆盛や白虎隊など賊軍を靖国に合祀せよ」(SAPIO 2017年9月号)
https://ironna.jp/article/7377

以上のように靖国神社の性格が公的なあり方として不適格なため「無宗教の国立戦没者追悼施設」建設が提起されている。もっとも敗戦後の52年には「全日本無名戦没者合葬墓建設会」が構想されていた(経緯については末尾の関連書を参照願いたい)。2002年には小泉内閣の私的諮問機関により国立追悼施設が必要である、との報告書が作成された。これについて高橋哲哉氏は『靖国問題』(ちくま新書 2005年)で、国立追悼施設は第二の靖国問題になる可能性を指摘して、日本が「憲法九条を現実化して、軍事力を実質的に廃棄する」ことで戦争との回路を経つことをしなければならない、という。

施設の建設よりも政治的現実を変える努力を、とのことだが、追悼施設の建設自体も政治的現実を変えることではないだろうか。ただでさえ、公共性を望んでいる靖国神社である。戦死者の独占状態を奪うことにより、靖国神社の特権的な立場も暫時縮小されるだろう。政治を変えることは重要だが、人々は物質により拘束され、縛られている。ならば拘束を解くためにも物質による変更や、移行が必要とされるだろう。追悼施設の建設はすぐれて政治的な変革となるだろう。あるいはそれが伴わなくてはならない。

再説すれば、日本政府閣僚や首相が靖国神社に対して特別に優遇し、象徴化していることは、日本国憲法違反であり、再び軍国主義化へ向かっている、と言われても仕方がない。表向きは先の大戦の無謀さを認めながら、日本は正しい戦争=聖戦を続けてきたと主張する靖国神社へ参拝するのだから。

日本による侵略の痛みや祖先の被害の記憶と意識は、アジアの民衆のなかにマグマのように滞留し続け、容易に消え去ることはないだろう。さらに現状のように日本の二重規範が続けば、日本と靖国神社に対する抗議や批判が治まる筈はない。建物への破壊行為などは日本では共感を得ることはないだろうが、その火種は常に残したままなのである。靖国神社(それは象徴としての大日本帝国の亡霊なのだが…)をどうするのか、アジアなど他者からの問いかけに誠実に応答することが求められている。それはまた靖国神社とは何なのか、ということを日本の民衆が問い直すことにもなるだろう。

(本田一美)

■参考
ノー!ハプサ(合祀)
https://no-hapsa.at.webry.info/upload/detail/011/263/93/N000/000/000/156669815536639353675-thumbnail2.jpg.html