ヤジの排除は民主主義になにをもたらすのか

記者会見

北海道警察のヤジ弾圧に対する国賠訴訟の記者会見(HBCテレビ『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』より )

2019年7月15日、安倍首相が札幌の街頭で参議院選挙の応援演説をしているときに、「安倍やめろ」とヤジが飛んだ。普通の光景だが、一人の放った声に警察官がよってたかって排除した。また、「年金100年安心プランどうなった」などのプラカードを掲げようとした女性に対しても排除して、遠ざけられた。いっぽう自民党関係者らしき「がんばれ、安倍さん」や「安倍総理を支持します」というプラカードを掲げた人々はそのままだった。この日だけで排除された人は取材者の調査では9名に上るという。

札幌での演説時でのヤジ排除はニュースでも報道されたが、これはその実態とその後を追ったHBC北海道放送のドキュメンタリー番組だ(『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』)。以下紹介したい。(2020年4月26日放送されたが、you tubeでも視聴できる。末尾にリンクを貼っておくので見てほしい)

元北海道警察の原田宏二さんはヤジ排除は「明らかな違法であり、組織的指示があったのでないか」「警察組織の中に治安維持のためであれば、多少のやりすぎとか違法なことも、許されるというような風潮がある」と語る。

かつて治安維持を理由に警察によって自由が奪われた時代があった。2019年11月札幌、菱谷良一さん 松本五郎さん二人は戦後はじめて共同で個展を開いた。戦前に美術を志した二人だが、生活図画事件*)により警察に逮捕されて一年以上も投獄された。治安維持法により「何か批判的な目をもっていないかと、勘ぐられた」と松本五郎さんは語る。

選挙演説会が中止にされたり 選挙期間中に運動員を留置場の中に閉じ込めておく、といったことが治安維持法による弾圧の原点だと荻野富士夫さん(小樽商科大学名誉教授)は語る。

1900年に制定された治安警察法により、政治的集会を規制・解散できる権限ができた。これにより警察立会いのもとの演説会で気に入らない内容のものは「弁士中止」として、言論を封じてゆく。

1928年の函館市でも「弁士中止」があった。労働農民党の演説会が中止となり、9人が逮捕されて29日に渡って拘留された人もいた。

治安維持法の問題を今も訴えている菱谷良一さんは「あの暗黒の時代にならないように、させっかくの憲法を守ってほしい」と語る。

ヤジ排除事件があってから、札幌では一ヶ月後に説明をもとめる集会・デモが開かれて約150人が参加した。また札幌地検に告発状が届いているという件を、山岸北海道警察本部長が道議会で報告し、質問に対しても同じ答弁を繰り返した。

北海道警察のヤジ弾圧抗議デモ

北海道警察のヤジ弾圧抗議デモ(HBCテレビ『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』より )

排除された大杉さんは、2019年12月に警察官を職権乱用などで刑事告訴、また北海道に対しても国賠訴訟を起こした。「言論の萎縮を招く、社会にとってマイナス」と訴訟の意図を語る。

政治に意思表示する手段がヤジではないのか、とも。切実な想いで表現している人がいる。
「年金で生活するなんて、とても無理だし、医療などの不安を伝えたかった」というプラカードを掲げた女性の声も紹介する。

2020年2月、告発を受けていた札幌地検は北海道警察の対応は適切な処理で、不起訴処分とした。その後の北海道議会では警察本部長の適法であるとの報告をおこなった。

白取祐司神奈川大学教授(刑法)は「映像で見る限り、警備体制はしっかりしているので過剰に排除することで失われるものがある」「北海道警察が当事者から聞き取りしないで判断するのはおかしい、どう評価するかはともかく、当然聞くべき」と語る。

権力の暴走を無視していないか? 「これはたくさんのカメラ・マスコミがいる前でやったことを平気でやった、あなたたち無視された」「法的な根拠がないことが平気でやられている。危険にさらされていることがわかってないんじゃないか」と原田宏二さんは問う。

「なんで見てるだけなのか、助けてほしかった。悲しかっった」「日本社会のなかでほかとは違うものを冷遇する風潮が強まっているのかもしれない」「私ひとりじゃなくて立ち上がってほしい」そう声を挙げた人たちは語りかける。
(文責:編集部)

*生活図画事件
1940年から41年にかけて「生活綴方教育」を進めていた教員らが、治安維持法違反で全国一斉に検挙される事件があった。「子どもに資本主義社会の矛盾を自覚させ、共産主義につながる」との理由で、教師や生徒たちを弾圧し逮捕者は300人以上だったとされる。