鈴木裕子さん講演「共存共栄・天皇制否定」よみがえる金子文子の思想

会場いっぱいの90名が参加した(写真 吉田晃 以下同)
2月21日(土)文京シビックセンター4階にて、<終わりにしよう天皇制!「天皇誕生日奉祝」反対2・21集会>が開かれて約90名が参加した。主催は、「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」反対する2.11&2.21連続行動実行委員会。
はじめに司会から、天皇誕生日(23日)では会場が借りられないので21日にしているとことわりがあり、さらに各国の日本大使館で天皇誕生日の祝賀行事がおこなわれていることに注意喚起し、かつて植民地だった韓国においても開催するのは暴挙であると語った。そして講師の鈴木裕子さんを紹介した。

講演する鈴木裕子さん
「天皇制に抗う ――現在の視点から金子文子の反天皇制思想を読み直す」鈴木裕子さん
大逆罪で裁かれた2人の女性がいる。管野スガともうひとりは金子文子だ。二人とも天皇制というものを悪の制度だと批判している。
金子文子は1903年に生まれ1926年に自死している。23年の生涯。没後100年となり、日本と韓国で追悼集会がある。韓国は朴烈の生まれたところで、金子文子研究会もできた。関心が高まっている。
文子の朝鮮体験だが、山梨から無理やり朝鮮へ連れて行かれた。岩下一家に養女として迎えられる。父の妹の結婚先で、この家の朝鮮人一家の扱いがひどかった。
文子もお手伝いのような待遇で、着るものが一着しかなく、とても貧しかった。虐待に耐えきれず、着物のたもとに石を入れて川で死のうとしたこともあった。
そんなときに朝鮮人の一家から、やさしく温かい言葉をかけてもらって文子の体験が形成されていった。そして3.1独立運動が起きて朝鮮人が弾圧されてゆく。
関東大震災(1923年)では朝鮮人が井戸に毒を投げたというウソで、朝鮮人、中国人、社会主義者、アナキストが殺された。このときに指揮した水野錬太郎はもと朝鮮総督府政務総監であった。
日本人はアジアの人々への蔑視があり、デマを簡単に信じてしまう。1871年、近代日本国家の賤称廃止令(せんしょうはいしれい)により、被差別部落民なども平民となるが、社会に差別意識は残る。差別意識も再編成された。
文子は「すべての人間は平等であるべきだという、共に受け入れて、人として承認されなければならない」のに、現実社会はなんと不平等かと…語る。
例えば天皇、皇室、貴族が特別なものとして生まれて「侵すべからず」という思想が、「神受君権説」が伝説に依拠してつくられた。
日本国家は学校教育でも天皇を教えて、法律も道徳も権力に都合のいいものとしてしてつくられる。民衆を抑圧し特権階級が私有を貪るものとしている。
文子は朝鮮について尊敬している。日本は天皇制ナショナリズムで支配していることに抵抗した。そして無籍者。戸籍、家という制度から外れてきた。
家族を含めた天皇を頂点とする国家から女性として性差別を体験してきた。当時の男性中心社会を知らされた。そこに文子の思想がある。
今のフェミニズムは牙を抜かれている。女性天皇を歓迎する発想がある。マイノリティの存在を忘れて安全地帯にいる。部落差別、民族差別があり、東アジアの関係のなかで日本の近代というものを考えてゆかなければならない。
(文責編集部)


