長生炭鉱の犠牲者に想いを馳せる「新宿梁山泊」の音楽劇

プレ公演(5月)のちらし
長生炭鉱をご存知だろうか? 瀬戸内海に面した山口県宇部市の床波海岸に、1914年に開鉱した海底炭鉱だ。1942年2月3日に、海岸から約1キロ沖合で坑道の天井が崩れ、海水が流れ込んで水没する事故(水非常:みずひじょう)が発生。183人が亡くなった。そのうち7割の136人は、植民地支配していた朝鮮半島の出身者で、強制連行された労働者もいた。長生炭鉱は事故直後に坑口(坑道への出入り口)が閉じられ、犠牲者の遺体を中に残したまま、1945年に閉山した。
事故と犠牲者が記憶から忘れられていくなか、1991年に市民たちから「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」が設立された。日本や韓国から遺族を招いて追悼集会を開き、2013年2月には追悼碑を建立した。残された課題は犠牲者の遺骨の収集と返還だった。「刻む会」は2025年8月に炭鉱内から遺骨を引き揚げた。さらに日韓政府に対して協力・支援を要請していた(2026年1月13日に行われた日韓首脳会談では協力と遺骨鑑定を進めることで合意)。26年2月に台湾人ダイバーの徐巍さんが潜水中に死亡する事故が発生し、潜水調査は停止されている。

ラサール石井・社民党参院議員(70)が現地を視察し「犠牲者に寄せる人々の思いを、演劇で伝えたい」と発案したらしい…(写真以下 朝日新聞デジタルより 2026年5月7日 )
https://www.asahi.com/articles/ASV573G90V57BSDS00JM.html
その長生炭鉱をテーマに音楽劇として劇団「新宿梁山泊」が、『沈黙の海、骨は語る』というタイトル(仮)で、9月~10月にかけて大阪・山口(宇部市)・東京で上演するという。その前にプレ公演がおこなわれた。5月9日(土)に新宿の花園神社境内の「新宿梁山泊」のテントに出かけていった。
5月の晴天もありテント内は暑いので、うちわを配ってもらったのがありがたい。はじめに劇団主宰で演出の金守珍(キム・スジン)がこの劇についてあいさつ、炭坑の犠牲者たちはずっと放置されていた日韓の大きな課題であり、鎮魂の祈りをこめて活動を続けていくと語った。
韓国の太鼓が鳴っている。プク(鼓)だろうか、そのなか白装束の女性2人が中央の祭壇らしきところに進み出て、声を挙げて父への想いを語る…。やがて踊りながら白く結ばれた布を巻き取っていく、巻き終わると2人は去ってゆく。
暗転し海の映像が映し出され、やがて海中なかに潜っていく(炭坑内部の映像だろうか)。そしてパギやん:趙 博(チョウ・バク)が「日ノ本の神よ なぜ黙っていた…」と唄う。舞台左端にあった井戸のような坑道の穴から3人の男が這い出てくる。
3人はそれぞれ朴(韓国)、武井(博多)、金城(沖縄)と名乗り、事故で亡くなった炭鉱労働者であり、その骨だという。パギやんは名簿を繰りながら名前を特定しその身の上話を聞き始める…。今は骨だという彼らの出自や当時の労働が語られる。
いやー、楽しい舞台だった。もちろん鎮痛な想いを抱く部分もあるが、総じて浪速の巨人とも称されるパギやんのパーソナリティ力によるところが多く(作・主演)。彼は舞台で老体にはしんどいと漏らしていた。古希らしいが、まだまだ活発に奮闘している。そのおかげか、この芝居は犠牲となった長生炭鉱の海の底ではたらいていたであろう人々に想いを馳せ、まさに記憶をよびさますものとなっている。
これまで長生炭鉱の報道や骨を発掘するための作業の一進一退のありさま、潜水作業の実況などの情報に接していたが、あらためて犠牲となった人々と遺族の方々への追悼を意識させてくれた。今後の本公演も期待大だ。
(本田一美)

新宿梁山泊の舞台
長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会
https://www.chouseitankou.com
