沖縄戦の遺骨収集から(具志堅隆松さん)土砂を使わない 戦争させない

9条のTシャツを着た具志堅隆松さん

9条のTシャツを着た具志堅隆松さん(Youtubeより 以下同)

8月14日(木) 18時30分より文京区民センターで、「具志堅隆松さんのお話を聴く会<ノーモア沖縄戦 ノーモア戦争>」が開かれた。これは沖縄のたたかいにつながる首都圏の複数の団体(あつまれ辺野古@関東 沖縄の闘いに連帯する関東の会 「語やびら沖縄」もあい練馬 平和をつくり出す宗教者ネット 辺野古土砂搬出反対!首都圏グループ)が呼びかけたもの。

具志堅隆松(ぐしけんたかまつ)さんは1954年那覇市生まれ。28歳のとき遺骨収集にたずさわったことを機に、沖縄激戦地や住民らが身を潜めたガマ(壕)から遺骨を集め供養をはじめる。1973年遺骨収集ボランティア「ガマフヤー(ガマを掘る人の意)」を設立。2023年「沖縄を再び戦場にさせない県民の会」共同代表。2025年「戦争止めよう!沖縄・西日本ネット」共同代表。著書に『ぼくが遺骨を掘る人「ガマフヤー」になったわけ。サトウキビの島は戦場だった』2012年/合同出版がある。

具志堅隆松さん

長いこと遺骨の収集をしてきました。それについては国に要求していて叶いました。遺骨収集の法律をつくれと、と同時に遺骨をDNA鑑定も要求しました。遺骨のほとんどが身元不明状態なんです。遺族に返すことができません。

国から言われたのが、沖縄は南方地方のために遺骨の劣化が早くて十分なDNAが抽出できないとのこと。実は私が申し出た頃、日本政府はやり始めてたんですよ。2003年にはあのシベリアの遺骨800体返ってます。

DNA鑑定。そういう医療科学の技術っていうのは、年々改良されていってます。だから今年はできなくても、将来できるようになるんじゃないか、それをずっと言い続けてます。

2009年、これからお見せする写真で、那覇市の真地での大掛かりな遺骨収集をやったんですね。その時に出てきた172体の遺骨、その中の1人で、万年筆に名前、名前の刻まれた万年筆を持っている方がいたんです。

調べてみたら千葉出身とあり、共同通信で千葉の新聞に配信されたところ、電話がかかってきました。その方が沖縄戦の犠牲者でした。それで、これから出てくる見つかる遺骨は全部DNA鑑定を申請していきます。

遺骨の返還について政府交渉の紆余曲折は山とあります。ただ、遺骨収集とDNA鑑定は通ったので、もう引退しようかと。ところが、防衛省が辺野古の埋め立てに南部の土砂も使うってことを言い出したんです。そこは我々が遺骨収集をやってる場所で、そこの土砂を使われたら、あの遺骨収集をする場所と遺骨とが両方同時になくなってしまうんです。

それで防衛省に撤回要請しました。何も反論しないので多くの人に知ってもらいたいと思ってハンガーストライキをしました。もう3年ぐらい前から交渉の時に、南部の土砂はまだ使われてないですよね、と確認しています。それを止めているのはみなさんの運動です。

それから、台湾有事の問題です。宮古・八重山・与那国の住民は約6万人ですが、有事の時に九州・山口県に避難するという。沖縄本島の方が軍事、米軍基地も自衛隊基地も多いです。それにも関わらず、沖縄本島は国内避難。なぜか、130万の人間が海を渡って避難できないんです。

私たちは結局戦争に巻き込まれて死になさいって言われてるようなもんです。でも、シェルターを作ってほしいわけじゃない。ただ、戦争にさせないでほしいんです。私たちは「ノーモア沖縄戦 命(ぬち)どぅ宝(たから)の会」を作りました。

今、自衛隊は全国に三百余りある自衛隊基地の司令部機能を地下深くに移す強靭化計画を進めています。これは核攻撃にも耐えられるっていうことです。専守防衛を放棄して、もう自衛隊は変節し、他国を攻撃できる自衛隊に変わってしまった。

それで全国が戦場になるかもしれない。私たちは「戦争止めよう!沖縄・西日本ネットワーク」というのを作りました。そこの共同代表もやっております。私は戦争につながること全てに反対します。自衛隊員の命を守るっていうのは、日本を守るっていうことなんです。

遺骨収集の話

写真を使って説明します。那覇市のおもろまち駅ですが、沖縄戦最大の激戦地であったと米軍は言ってます。それが今では沖縄で一番華やかな場所になっています。

2009年10月9日から12月10日まで収集作業をしました。小銃弾。いわゆる鉄砲の弾です。こういうのが毎日土嚢袋の一杯ぐらいずつ出ました。

土地から採取された銃弾

▲土地から採取された銃弾


小銃弾の数、アメリカ軍の小銃弾ですが、51発ありました。日本軍の小銃弾5発です。これが日米の物量差なんです。

沖縄戦を生き残った日本兵の話にこういうのがあります。アメリカ軍に向かって一発撃つと、すぐ百発ぐらい撃ち返されるんだという。それはオーバーかなと思ってたんですけども、実際に出てきたのは百対一の比率でした。

日本軍の手榴弾が出てきた

▲日本軍の手榴弾が出てきた 


日本軍の手榴弾って50パーセントは自殺の道具なんです。手榴弾を渡される時にこう言われたそうです。二個渡されて、一個はアメリカ兵を殺すため使え、もう一個は自分が捕虜になりそうになったら自分を殺すために使え。要するに自決するために使えって、そんなバカなって思います。

陸軍がしっかり教育しています。戦陣訓っていうのがあるんですが、「生きて虜囚の辱めを受けず」と。生きたまま敵の捕虜になるなって、じゃあどうすればいいの? 死ぬまで戦うか、弾がなくなったら自決、手榴弾で自決しろっていうことです。実際に自決してる人は少なくない。

防空壕の奥、あるいはガマの奥で亡くなっている人は自決しているケース多いです。この教え、軍隊だけじゃなく住民にまで下りてきてるんですよ。それが「集団自決」につながってます。

陶器製の手榴弾

▲陶器製の手榴弾


焼き物の手榴弾。日本は戦争が始まって金属が足りなくなったので、焼き物でも作るようになり、沖縄では海軍がいた場所からはよく出てます。

海軍も陸上で戦闘に従事させられています。海軍が持っている武器っていうのは、陸軍が持っている武器に比べてちょっと劣悪でした。小銃にしても型の古い三八式とか、手榴弾にしても陶器製のものを持ってるんですけども、これで自決しても死ねなかったそうです。

並んで土を採取

▲横一列で掘る。並んで掘り進める


みんなが横一列になって掘ってます。あれは片手で使う鍬。それで掘って手作業で掘り進めていくんですが、遺骨が出るとそこを残してみんなどんどん進んでいきます。遺骨が見つかったところは細かい発掘をする人に交代します。そして金串とか竹串で遺骨を動かさずに遺骨の周りを削って、ペンキを塗る刷毛で土を掃いて、その遺骨を動かさずに浮かび上がらせるような、考古学でやるような発掘をやってもらいました。

犠牲者の方が見つかれば、うつぶせなのか、仰向けなのか、手足は全部揃ってるのか、ポケットの位置に何か名前の書かれたマネースとか、そういう遺品が残ってないか、なぜ細かい発掘をするか、犠牲者はDNA鑑定をやって遺族に返すことをみんなによく理解してもらいました。

そのために、掘って進めていって、隣の人、別の遺骨が見つかっても混ざらないようして、一人分として返すことができる。

出てきた遺骨。遺骨を動かさないで、周りを削って浮かび上がらせる掘り方です。やってみたらわかりますが、実は全部土の上に乗ってるから見える、わかるんです。下の土を取ったら崩れます

▲出てきた遺骨。 「遺骨を動かさないで、周りを削って浮かび上がらせる掘り方です。やってみたらわかりますが、実は全部土の上に乗ってるから見える、わかるんです。下の土を取ったら崩れます」具志堅さん


これが弾体なんですけど、弾体の破片が、この方が座ってた床の部分から出てました。この105ミリ榴弾、空中で爆発するタイプがあります。日本軍はそれを榴散弾と呼んでるんですけども、この榴散弾、今でもよく使われてます。ウクライナでもよく使われてます

▲105ミリ榴弾の弾体。「弾体の破片が、この方が座ってた床の部分から出てきました。空中で爆発するタイプがあります。日本軍はそれを榴散弾と呼んでいます。今でもよく使われ、ウクライナでもよく使われてます」具志堅さん

この105ミリ榴弾、空中で爆発するタイプがあります。日本軍はそれを榴散弾と呼んでるんですけども、この榴散弾、今でもよく使われてます。

「タコ壺壕」は直径何十センチ、深さ1メートル10センチ以上ということで、小さい井戸のような縦穴を掘るんです。そこに鉄砲を持って隠れて、敵が近づいたら敵を撃つようなことをやるんですけど、陣地壕の周辺にはそういうタコ壺壕がよく配置されてます。

兵士たちが溝を掘って中に隠れています。溝の中に隠れてるのは、いくら水平方向から撃っても当たらないんで、砲撃を加えても、砲撃が直撃する以外は、近くに着弾してもほとんど被害を受けないんです。

それで考え出されたのが空中で爆発させること。そうすると、溝の中に隠れてる敵でも上空から攻撃できます。あるいは、広く散開している敵の上空で爆発させると、たくさんの被害を出すことできます。

人間は人を殺すためにいろんな方法を考えます。それは決して科学とは呼ぶべきではないと思っています。それの最たるものが核兵器です。あるいは毒ガスです。

(文責編集部)

4人の方が横たわってます。全員うつ伏せなんですよ。人間が寝る時に、みんながみんなうつ伏せで寝るっていうことないですが、よく見てみると、全員背中に砲弾の破片が食い込んでました。おそらく一列縦隊で歩いている時に、左後方に砲弾が落ちて、この方たち全員被弾してるんでしょう

4人の方の骨。全員うつ伏せなんです。人間が寝る時に、みんながみんなうつ伏せで寝るっていうことないですが、よく見てみると、全員背中に砲弾の破片が食い込んでました。おそらく一列縦隊で歩いている時に、左後方に砲弾が落ちて、この方たち全員被弾してるんでしょう


ハンスト中に取材を受ける具志堅隆松さん(真ん中)  

8月15日、靖国神社手前の歩道でのハンスト中、取材を受ける具志堅隆松さん(真ん中)写真編集部 

付記)この集会に前後して具志堅さんの行動があった。前日8月14日、東京大空襲など民間人が多数居住する日本の都市への無差別爆撃を指揮し、多くの犠牲者を出した米空軍のカーチス・ルメイ氏に勲一等旭日大綬章を与えた政府に対して、叙勲取り消しを求める政府交渉をおこなった。また、翌15日には朝8時から靖国神社前で、戦没者の遺骨が混ざった土砂を辺野古の埋め立てに利用することへの抗議と中止の訴えのためハンガーストライキをおこなった。