画家 富山妙子と民衆世界 ラテンアメリカとの結びつきを考える

富山妙子さん「はじけ鳳仙花」(Youtubeより)

「はじけ鳳仙花」(Youtubeより)
5月25日に「画家 富山妙子と近代世界:ラテンアメリカの旅を通じて」という講演がオンラインでおこなわれた。主催は「ラ米講★アビヤ・ヤラ」。
「ラ米講★アビヤ・ヤラ」は、アビヤ・ヤラ(カリブ・ラテンアメリカを指す先住民呼称)各地ののさまざまなテーマをともに考え、学び、つながっていくための場であると案内されている。
高際裕哉さん(大学非常勤講師、スペイン語圏文学・文化研究)が富山妙子の生涯と仕事を俯瞰して、ラテンアメリカとの旅とそこでの関わりを重視して紹介した。以下は報告要旨である。
富山妙子(1921-2021) 画家。神戸市生まれ。少女時代を旧満州の大連とハルビンで過ごす。主な炭鉱、第三世界、韓国、戦争責任をテーマに制作。音楽家・高橋悠治らとの協働で映像作品(スライド)を数多く残す。2021年6月大韓民国国民褒章を受章。
富山妙子は旧来の画壇や画廊の内側で活動することを疑問視するようになる。テーマを歴史・社会的なものとなり、手法も連作絵画、スライド、コラージュを使い編集する。
また、思想家・作家としても著作を重ねる。 『中南米ひとり旅』(朝日新聞社 1964) 『解放の美学――二〇世紀の画家は何を目ざしたか』(未来社 1979) 『私のギリシャ神話――エロースへの回帰』(童心社 1975) 『帰らぬ女たち――従軍慰安婦と日本文化 岩波ブックレット 261』(岩波書店, 1992) 『アジアを抱く――画家人生 記憶と夢』(岩波書店 2009) 。これ以外に絵本もある。
1970年に韓国を訪問して、旧満州ハルビン女学校の学友たちと再会。その後ソウル刑務所の徐勝と面会。政治犯釈の要求や、富山自身の作品を日本含めて海外で上映(米国、タイ、フィリピン、オーストラリア、メキシコなど)することで、韓国民主化運動を支える活動をする。その際、金芝河(1941-2022)の詩をモチーフにすることが多かった。金芝河の救援運動にも携わる。その成果として詩画集『深夜――金芝河+富山妙子詩画集』[音楽・黒沼ユリ子 翻訳・鄭敬謨](土曜美術社, 1976)。スライド『しばられた手の祈り』(1977) [音楽・高橋悠治] 英語、スペイン語など。版画集『倒れた者への祈祷――1980年5月光州』(1980)映画『自由光州――1980年5月』(1981)がある。
1950年代に日本中の炭鉱をスケッチして歩く。その中で九州の筑豊の炭鉱にも出入りする。1953年『炭労新聞』の依頼を受け各地の鉱山を取材する 。その頃は谷川雁による「サークル村」(1958-)・森崎和江、上野英信による地域での言論活動がおこなわれていた。1958年に福岡の富山妙子個展にて谷川雁、石牟礼道子、上野英信と出会う。
アジアの女たちの会(1977)の結成に参加する。日本軍の従軍慰安婦の問題を社会へ提起し、その女性たちの尊厳を回復に力を尽くしたこと。その遺産は WAM アクティブ・ミュージアム: 女たちの戦争と平和資料館に引き継がれている。
富山妙子は1961年10月から1962年末まで ブラジルからアルゼンチン、チリ、ボリビア、キューバ、メキシコ キューバ危機下のキューバに単身渡り、詩人のニコラス・ギジェンらと面会する。1976年にはメキシコへ。

パブロ・ネルーダとガブリエラ・ミストラルが詩を手掛け、木島始が訳、富山妙子がリトグラフ(画)を担当した詩画集『声よ消された声よチリに』理論社 1974年(当日資料より)
1961年からのラテンアメリカの滞在は植民地支配とその継続した現実を体験する。現地の文化人、知識人との交流があり、日本との移民やキューバ革命の実態なども知る。解放の経路を探し当てようとする美術・運動に共感して、そこから自己の表現のありかを探求を始めたのではないだろうか。
1976年に2度目のラテンアメリカ訪問。『暗黒の中のキリスト者・金芝河』を制作。英語版も作りメキシコ、アメリカ、カナダを訪問。ネルーダの詩に加えたリトグラフも持って行く。メキシコ壁画運動を再確認。「火種プロダクション」を設立し、音楽・詩・物語性のある絵画すスライドの作品を制作していく。
「毎日リヴェラ、シュケイロス、オロスコなどのかつてのかつての壁画運動のころの作品を見て回りながら思う。いったい絵画とは何か――それは裕福な生活の上に咲く美しい花なのか1。(中略)それとも受け取った側に何らかの人間変革へとかりたててゆく『火種』であろうか。」
「いま、私の心に響いていくるのは状況をいかに生きるかという表現者の姿勢であり、抑圧されている人々から、放 を求めて生み出されつつある詩や音楽だ。第三世界と呼ばれる国ぐにの詩人は投獄を繰り返すなかで、詩を書いていた。それらの歌はなんと赫赫と燃える火種であったろう。その火種を命がけで伝播していく人、熱い心で受け止める人(中略)のよき三位一体がある(「火種となるもの――『しばられた手の祈り』によせて」、(『世界』No.393 岩波書店 1978年8月号 pp.350-354 )。
(文責編集部)

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