戦後の革命的状況から絵を描きつづけた画家・中村宏

銀座にあるギャラリー58

銀座にある「ギャラリー58」。壁に中村宏展のポスターが貼られている

2026年1月8日、画家・中村宏が93歳で逝去した。中村宏というと出版社の現代思潮社を思いつく。最初の画集である『望遠鏡からの告示』が現代思潮社から出版されたからだが、また、そこで出された本の多くが中村宏の絵を使っていたり、装丁を手掛けていたりするからだ。

また、個人的な想いを記せば以前テレビのドキュメンタリーで「風景」をテーマとした回が放送された。文化論的視点で風景を捉えていて、現在の画家たちの作品を紹介していたのだが、日本の古い藁葺き屋根の民家を描き続けている向井潤吉などと一緒に中村宏の絵がとりあげられていた。そこでは例の、ひとつ目のセーラー服を着た女性たちが列車内に座って旅をしている絵が出てきたのだが、まだ高校生だった私はその絵に強いインパクトを受けたのだった。

中村宏という画家について、以下は美術手帖の記事だが、紹介しておこう。

 中村宏は1932年静岡県浜松市生まれ。51年に日本大学芸術学部美術学科に入学。50年代より政治・社会的事件を題材にした「ルポルタージュ絵画」の旗手として注目を集めた。60年代以降は「モンタージュ絵画」「観念絵画」「タブロオ機械」など独自の方法論によってタブローを理論化し、セーラー服の女学生や機関車、飛行機などのモチーフを記号的に用いながら、一貫して具象絵画の可能性を追求。自らを「絵画者」と名乗り、70年以上にわたって独自の絵画表現を切り開いた。また2022年からは、自身の戦争体験をルポルタージュした戦争記憶画に取り組んでいた。近年の個展には、「中村宏|図画事件1953-2007」(東京都現代美術館、名古屋市美術館、2007)、「タブロオ・マシン〔図画機械〕-中村宏の絵画と模型」(練馬区立美術館、2010)、「絵画者・中村宏展」(浜松市美術館、2015)などがある。

 ギャラリー58によると、11月までは自宅で穏やかに過ごしていたが、体調不良を訴えて12月半ばに入院し、治療を続けていたという。

(Yahooニュース 1/9より)

《少女舟》 1977年/45歳 シルクスクリーン、紙 36.6×52.6cm

《少女舟》 1977年/45歳 シルクスクリーン、紙 36.6×52.6cm(ギャラリー58より)

中村宏画集『望遠鏡からの告示』現代思潮社 1968年

中村宏画集『望遠鏡からの告示』現代思潮社 1968年

書籍表紙《夢野久作全集》三一書房 1969年

書籍表紙《夢野久作全集》三一書房 1969年(ギャラリー58より)  

50年代の「ルポルタージュ絵画」の絵画運動を知るのはずっと後だった。<「ルポルタージュ絵画」とは「主なメンバーは、池田龍雄(1928-)、尾藤豊(1926-1998)、山下菊二(1919-1986)、桂川寛(1924-2011)、中村宏(1932-)であった。彼らは、共産党の山村工作隊や内灘闘争、砂川闘争などに参加し、それらの闘争現場の様子や、現地に残る風習などを絵画で記録しようとしたことから、後年「ルポルタージュ絵画」と呼ばれるようなった。彼らは若手の美術団体に団結を呼びかけ、「青年美術家連合」を結成した。機関紙『今日の美術』を刊行して、芸術活動や芸術論だけでなく、政治的思想も共有しようとした。そして1953年6月に「第一回ニッポン展」を東京都美術館で開催した。当時は高い評価を得られなかったものの、彼らの作品は多くの人に強い印象を残した。しかし1960年頃には活動は沈静化しメンバーも散開した。>(『ルポルタージュ絵画再考』髙見澤 なごみ コア・エシックス15号 2019)

上記にあるように当時は「ルポルタージュ絵画」の名称は使われておらず、美術の運動というより、敗戦直後からその解放感と民主化の流れの中で、民衆が主体となって自らの生活や歴史を書き残す活動があった。それに連なる運動として理解したほうがいいだろう。東北の農村や労働者の間で盛んになった「生活記録運動」や朝鮮戦争(1950-1953)に反対し、平和を訴える文化運動もあった。おそらく戦後の革命的な状況のなかで、社会運動や現実の事象に同伴し、描き、記録していく行為だったのだろう。画家たちの指向したものはそれらに共振する政治思想も含めた、前衛的な運動だった。この潮流がこれまでの日本の戦後美術のなかにきちんと位置づけられたり、正当に評価されているとは言い難い。

中村宏は「ルポルタージュ絵画」の文脈で砂川闘争や米軍基地の問題を扱った絵画を残している。それらは必ずしも現場を取材したものではないが、情報を再構成して作成されたものだ。それは情勢における画家の主体性を示すものであり、主題を含めて画家の思想をも表していた。また、当時のアンデパンダン展の傾向についても語っている。<私はアンチ体制とかモンタージュ、まだそういう場面を描くのはね、自分としては納得できるふうじゃなかったのでもっと続けたかった。まぁちょっと偉そうにね。「タブローは自己批判しない」なんて言いまして。実はこれは日本美術会の機関誌の『美術運動』っていうのがあるんですよ。実はあれは、投稿です。それで日本美術会の絵画状況みたいなものを主に批判して書いた。政治闘争をやる、そういう中でそれにのっとった絵を描いていた。そういう制作者的視点と政治の上での戦術転換。政治的な事件をモチーフにして描いている時に、絵においてそう簡単に変えられるっていうのは、それはちょっと信用できない、ってことを書いたんですね。>(中村宏 オーラル・ヒストリー 第2回 2012年3月31日)
https://oralarthistory.org/archives/interviews/nakamura_hiroshi_02/

書籍表紙《夢野久作全集》三一書房 1969年

書籍表紙《夢野久作全集》三一書房 1969年(ギャラリー58より)  

60年安保の頃は「6月行動委員会」として吉本隆明、秋山清、鶴見俊輔、織田達朗らと共に参加している。その後は観念絵画を提唱し「ルポルタージュからモンタージュ」へと移行する。モンタージュそのものが観念の操作だと語っている。さらに立石紘一と観光芸術研究所を結成する。また60年代の反芸術の人びととの交流もあり、パフォーマンスも敢行したがあくまで絵画を中心とした活動であった。

銀座にあるギャラリー58で個展「中村宏 絵画者の軌跡 1953-2025」2月12日から開かれている。そこでは小品ながら中村宏の軌跡をたどることができる。学生時代に描いた作品から、雑誌「現代詩手帖」の表紙や明治大学の学園祭《和泉祭ポスター》 など60年代の雰囲気も感じられて興味深い。なお、1月20日からは静岡県立美術館で回顧展「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」が開かれている。

(本田一美)
https://www.gallery-58.com/exhibition/2026_exhibitions/2026_nakamura/
「中村宏 絵画者の軌跡 1953-2025」
https://www.gallery-58.com/exhibition/2026_exhibitions/2026_nakamura/

「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」静岡県立美術館
https://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/exhibition/detail/127