吉見裁判不当判決の背後にあるもの-反知性主義という危うさ

吉見裁判は国会議員(当時「日本維新の会」に所属していた桜内文城)が公の場で、吉見義明氏の著作を「捏造」だと発言した、それが名誉毀損であるとして争った裁判だ。

2016年1月の東京地裁、同年12月には東京高裁において「捏造」発言が免責であるとの判決がなされた。

こうした事態に対し、背景には、社会の一部に広がる「事実無視」「ポスト真実」という風潮、反知性主義というべき現象があるとみて、6月3日に早稲田大学でシンポジウム「吉見裁判と反知性主義-不当判決を問う-」が開かれた。主催は吉見裁判を支援する「YOSHIMI裁判いっしょにアクション」。以下講演者の話を紹介する(文責は編集部)。

岡田正則さん

岡田正則さん


岡田正則
氏(早稲田大学・法務研究科)

●吉見裁判の判決について

1審の東京地裁の判決は捏造について認定しながら、判断では無視をして論評に移し変えて問題を矮小化した。2審では「発言事実がなかった」とする判断で、発言がどのような打撃を与えるかを見ようとしない姿勢だ。

国会議員の行為は「国家意思の形成に向けらた行為である」ので裁量の範囲は狭く、「職務と無関係に個別の国民の権利を侵害する」ことや「国民の名誉を毀損する」ようなことは、違法なものである。最高裁の判例があります。
「捏造」発言の社会的作用と原告(吉見氏)への打撃を視野の外に置いている。

▼平成9・9・9民集 第51巻8号3850頁 (国会議員が国会の質疑等の中でした発言と国家賠償責任)
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52530

●「捏造」とは何を示しているか

日本の学術や業績評価における動向を紹介します。大学の交付金、経常費補助の削減、少子化による経営危機、外部資金の獲得を経営の最優先事項にしていること、それゆえ研究者・教員は資金獲得競争などの業績によって評価され、トップダウン型の大学運営がされて、教育内容も外部からの介入やマスコミによる影響も大きい。それゆえデータ「捏造」や論文の「剽窃」などの事件が頻発し、教員自身も多忙となり、審査による疲弊、孤立化が起きている。STAP細胞の「小保方問題」もその一例で、ともかく「捏造」は大きなダメージを与えられる。自然科学の分野では自分の人生がつぶされる、というような状況である。

●裁判官の問題

日本の大学の法学部は行政官をつくる、というもので裁判官については教えない。日本では大学で教える学説は雑音である、としている。

日本では民事、刑事を扱い、憲法は無視するよう育てている。司法は国に逆らうような文書をつくってはならない、としているので万が一のこと、そうなれば裁判官は地方裁判所に追われることになる。志のある人は覚悟しないとならない。

裁判官の研修があり、判決文の模範解答があり、それで一件落着となり、評価される。

●日本の裁判所における政治問題

1.沖縄の辺野古の高裁判決と最高裁判決では…

高裁判決では「北朝鮮のミサイルが届かないから適切な場所」としている。裁判官が沖縄という場所を決めていいのだろうか? 他の都道府県から拒否されたら困るので、地方自治制度を否定して国に従っている。

最高裁判決では「前知事に違法はない」と根拠を示さずに判断している。翁長知事が間違いが発見された、と言っている、不都合・不整合があるから取り消すのが筋なのだが、見直すことができない。

2.横浜事件(国家賠償請求訴訟)東京地裁判決では…

「戦前は国に対する賠償を認めていない制度である」との判断だが、棄却しているが受けつけている。「国家無答責」の法理で、行政には立ち入らないという意識がある。

裁判所は歴史を考えないという思考パターンで、構造的問題である。日本の場合は歴史の積み重ねを意識させない状況だが、社会のなかに余裕をもたせて議論ができる環境をつくらなければならない。

サーラ・スヴェンさん

サーラ・スヴェンさん


サーラ・スヴェン氏(上智大学・日本近現代史)

歴史修成主義、反知性主義について、事実はどうでもいいという風潮があり、欧米諸国でも顕著にみられる傾向がある。たとえば英国のEU離脱、米国のトランプ現象など…。

60年代に研究がある。アメリカ社会に根付いており、エリートに対する不信、宗教による近代批判というのがアメリカのありかたで、進化論の否定が4割というアンケート結果がある。

アメリカの大統領選挙の演説が劣化している、マスメディアの力が大きい、内容よりもメディアの利用にある、とする研究書がある。

内容については「歴史修正主義」「排外主義」「非国民論」などだが、トランプ現象はこれらの結果であり、産物ではないのだろうか。

アメリカを強い国へ、「美しい国へ」という安倍のスローガンと一致していてトランプの論理と同じ。現状を否定してどこかの昔に戻りたいという意識。

トランプ陣営にはKKKともつながる右翼サイト編集者がブレーンに加わっていた。KKKもトランプを支援した。ドイツでは「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者(PEGIDA)」「ドイツのための選択肢(AFD)」など新しい政党ができて各州で議席を確保した。彼らはホロコーストを否認して19世紀の民族主義を評価している。

日本の歴史修成主義も政治運動となり93年に自民党が「歴史・検討委員会」をつくっている。これに安倍も参加していた。

2016年に『神武天皇はたしかに存在した』という本が出たが、戦前から歴史的人物ではないとわかっていたはずなのに存在したと思いたいのだろう。

豊橋公園に神武天皇の銅像があって戦中没収されたものが1964年に返還され式典が開催された。徳島県では日本会議が開催している。

朝日新聞デジタルのHP画面より

朝日新聞デジタルのHP画面より

朝日新聞の報道でも神武天皇山陵を皇太子が参拝したという報道について、神話であるとの記述はなく、歴史的事実は関係ないということなのだろう。
▼「皇太子ご一家、奈良の神武天皇山陵を参拝 愛子さまは初」(「朝日新聞」2016年7月21日)
http://www.asahi.com/articles/ASJ7N559JJ7NUTIL028.html

●排外主義と外国人犯罪について

外国人は犯罪を起こすという世論がつくられているが、アメリカの論文では、外国人・移民はアメリカ人よりも犯罪率が少ないというという。

イスラムやロマへの悪意や敵意も指摘されている。ドイツでは外国人に対する犯罪や暴力事件・ヘイトクライム・放火事件などが起きているという。

日本については、外国人犯罪の件数などオーバーステイなども含まれる。また観光客も入れている。『犯罪白書』などの報告書については予算がカットされたくないので資料を作成しているが、根拠のない不正確な主張もある。差別的な側面も見落とせない。たとえば埼玉県警のHPによる「不良外国人が関係する組織的な事件が全国で多発しています」という、情報提供の呼びかけなどは問題である。

「渋谷署がつくったポスターが、観光客をテロリストと決めつけているのでは」という記事 (BuzzFeed NewsのHP画面より)

「渋谷署がつくったポスターが、観光客をテロリストと決めつけているのでは」というBuzzFeed NewsのHP画面より


▼民泊とテロと外国人、結びつけたポスターの意図は 渋谷署に取材してみると……(BuzzFeed News)
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/minpaku-shibuya-police?utm_term=.jjR0Nm3eD#.awLM3vNmQ

日本ではテロが海外からやってくるという言説があるが、『昭和・平成日本テロ事件史』 (宝島社 2005年) によればほぼ日本人が国内で起こしている。

最近では非国民という言葉が浮上している。アメリカでは選挙キャンペーンで「非アメリカ取締委員会」をつくろう、というものがあった。またドイツでもメルケルは売国奴といったフレーズがでている。

日本の場合なのだが、朝日新聞で「非国民」の言葉の頻度を調べてみると91年と99年に突出して、2002年以降は常態化している。たとえば民主党政権時代は民主党を「売国奴」と非難し、教育基本法改正や秘密保護法、安保法案などに反対するものに「非国民」として非難していた。政府を批判するものすべてが「非国民」とレッテルを貼られている。

最後に牧師のマルティン・ニーメラーの言葉(『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』丸山眞男訳)を引用しておきます。

▼マルティン・ニーメラーによる詩
https://ja.wikipedia.org/wiki/彼らが最初共産主義者を攻撃したとき

また、榊原英資さんの言葉も引いておきたいと思います。

「二分割思考に慣れきってしまうと、人々は簡単に感覚的な判断をするようになりますから、容易に操られるようになります。それは大衆の狂気が作り出したものであり、ヒトラー一人が悪かったわけではありません。ヒトラーは選挙で選ばれているのです。
 いまの日本でも、大衆が簡単に扇動され、政治や企業が誤った方向へと導かれる可能性が次第に大きくなってきているようです。二分割思考法と反知性主義がじわじわと日本社会を

    ポピュリズムから大衆ファシズム

の方向に導いていると感じているのは、決して筆者だけの偏見ではないと思うのですが……」『幼児化する日本社会―拝金主義と反知性主義』(榊原英資 東洋経済新報社 2007年 236頁)

この後は川上詩朗弁護士の司会で吉見さんも加わり、質問にも応えてパネルディスカッションがおこなわれた。

様々な問題に対して応答した

様々な問題に対して応答した


サーラ
「外国でも学説は役にたたないとの流言があり、人文系は減らす方向に流れている」「ドイツの遺跡や戦争の記念碑なども過去の反省として近年つくられた。証明が難しいのだが、ユダヤ人の賠償を払うという法律も通った」
岡田
「ドイツでは誰が裁判官になるのかは委員会で決める。裁判官の正当性はどこにあるのか、だれが選ばれているのかが問題で、日本のように選挙の国民審査だけでは駄目」「法曹界はナチス時代の残滓もありタブーだったが60年代後半に見直した。ベルリンの壁崩壊後は賠償の問題が焦点化されるようになった」
吉見
「今の現状は自分の生存が脅かされている感じです。理屈では分かるが感情的に受けれられぬ、そういう情況がまん延している」「事実の基づかない議論は足元を脅かすものであるということを粘り強く話してゆくしかないだろう」
「大したことはできないが、自分の持ち場で何かをすることが大事だと思います」

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インターネットの普及で研究者が不必要と感じるようになった、しかし、それは研究者の蓄積による成果なのだが…。等など、面白いといっては失礼だが学説や定説などが軽視される原因など掘り下げて討論がなされていった。時代状況は閉塞的で、ややもするとものごとをニ分割して単純化させてしまう誘惑もある、しかしコトはそう単純には成り立っていない。結論を急がずにじっくりみていくことが大事なのだと感じ、また問題に真摯に向き合う姿勢に感動した。 
(本田一美)