漫画に表現された核と放射能、そして被ばく…
雨に当たるとハゲになるという話を聞いたことはないだろうか。最近では酸性雨の問題が指摘されているようだが、私の子どもの頃には大気中の核実験の影響で雨に放射能が含まれている、という風評が広まり、危険視されていた。
当時は、米国による太平洋・ビキニ環礁での水爆実験で、漁船と船員が被ばくをして、命を落とした事件(1954年の第五福竜丸のビキニ事件)が、当時はまだ生々しく語られていた。
核爆発によって生じた放射性物質は大量に環境中に放出され、その中でも比較的寿命の長い放射性物質であるストロンチウム90(半減期約30年)やセシウム137が現在でも環境中に残存しているという。
事実として1950~1960年代を中心に、非常に多くの核実験(原水爆実験)が大気中で行われ、リアルに感じられた。それゆえ核に対して畏怖し、核兵器についても非核三原則が謳われ、核実験反対、核兵器反対の運動も盛り上がった。
ところが日本はいつの間にか核アレルギーと言われている状況から、科学技術の発展や核の平和利用という宣伝などから、原子力の活用が推進され、原子力発電所が稼働し、結果として3.11のフクシマを迎えることになる。
日本社会は核に対して、核兵器・核実験には反対しながら核の平和利用には肯定するという二面性があった、という 。そして「マンガや映画から原爆の恐ろしさを学ぶ一方で、それほど恐ろしい原爆を、私たちは楽しんでもきた」(『核と日本人』山本昭宏 中公新書 2015年)。
それを裏書きするようなマンガの編纂本があるので紹介してみたい。平凡社から2015年に発刊された「原水爆漫画コレクション」(全4巻)がそれだ。全体の著者を以下に示しておく。
・原水爆漫画コレクション1 曙光
手塚治虫・花乃かおる・安田卓也著
・原水爆漫画コレクション2 閃光
谷川一彦著
・原水爆漫画コレクション3 焔光
白土三平・滝田ゆう著
・原水爆漫画コレクション4 残光
赤塚不二夫・杉浦茂・東浦美津夫・影丸穣也
松本零士・陽気幽平・永島慎二・渡二十四
花村えい子・中沢啓治・池田理代子
西たけろう・林静一著
各巻本体:2,800円+税
昔は「貸本漫画」という、貸本屋からの貸与のみで漫画本が流通していた時代があり、劇画というジャンルというか名称もそこから発生したのだが、そのような貸本時代の貸本屋の本棚に埋もれていたような作品もこのコレクションには収録されている。
ここでは収録作家が豪華な第4巻に着目しよう。ここに掲載されて作品はほとんどが1950年代後半~1960年代後半のもので、貸本漫画の全盛期で、なおかつ週刊誌などの漫画雑誌へ移行してゆく時代でもあった。
まず『はだしのゲン』の作者である中沢啓治の原爆を扱った最初の漫画である『黒い雨にうたれて』が目をひく。ここでは原爆で被害を受けて、その復讐のためアメリカ人ばかりを狙う殺し屋が主人公として登場する。その呪詛は被爆者を放っておく日本政府にも向けられている。
赤塚不二夫の『点平とねえちゃん』は、東京の下町で仲良く暮らす兄弟を明るく描いている。そこに原爆症の青年との短い交流が描かれる。昔の風俗なども挿入されていて興味深い。
影丸譲也と永島慎二の作品は貸本漫画特有のざっくりとしたコマ割りやタッチを伝えており、実際に貸本漫画に掲載されたものだ。
影丸作品は広島原爆ドーム近くの壁に被ばくの影が残り、それを消すために夜な夜な幽霊が出没するという、ちょっとダークで皮肉のきいた奇譚だ。
永島作品は漫画家残酷物語のシリーズのひとつで、若い漫画家が女性と恋に落ちるが、その女性が原爆症であることから、別離を余儀なくされるというものだ。思索的で不思議な余韻をもたせる。
『ベルサイユのばら』の池田理代子の作品は、女子高生が原爆症の友人や恋人との絡みから社会問題に目覚めていって反戦運動に向かっていく青春物語だ。
イラストレーターとして知られる林静一も複数の原爆をテーマとした作品があり、ここに掲載された『吾が母は』は、原爆投下と戦後の米国従属という日本の存在を隠喩させている。
ここに収録されている作品の時代は、ある共通の定型が成立していたようだ。山本昭宏は「量産が求められた貸本マンガの世界では、話題になった映画やマンガから着想を得た作品も多かった。1950年代後半には、主人公の少女を被爆者に設定し、その不幸を強調するマンガが数多く発表されている」(前掲書)ということで、被ばく=白血病のイメージが想起され、「薄幸の被爆者」像ができあがったが、それ以上問題を深めることはできず、結果としてそのイメージを消費することになった、と指摘している。
この巻に収録されている漫画にも「薄幸の被爆者」の物語はあるのだが、それ以外にも一触即発の核戦争の緊張状態を描いたもの、核戦争後の世界の一端を描いたもの、日本の原爆研究や原爆紛失を取り上げたもの、杉浦茂の不思議なゴジラもの、地獄の世界を原爆と重ね合わせたものなど多彩だ。立派な装本なので値も張るが他の巻も含めて、日本人に受容されてきた核のイメージを漫画でぜひ味わって、考えていただきたい。
(本田一美)
『核と日本人』山本昭宏 中公新書 2015年
漫画も含めて報道、世論、知識人、映画など幅広く「核について」の言説や表象の文化をあとずけて考察した本。参考になった