ラムザイヤー問題から見える「歴史修正主義」と危険な日米の連携!

ザ・ニューヨーカーよりhttps://www.newyorker.com/culture/annals-of-inquiry/seeking-the-true-story-of-the-comfort-women-j-mark-ramseyer

ラムザイヤー論文というものが大きな問題となっている。2020年12月にハーバード大学のJ・マーク・ラムザイヤー教授が、「太平洋戦争における性行為契約」という論文を”International Review of Law and Economics”に発表し、ゲーム理論を用いて日本軍「慰安婦」制度が単なる「商行為」であったと主張している。

大きな問題となったのは、その彼が産経新聞の英語のニュースサイト「japan-forward.com」に登場し、慰安婦の話は「純粋な虚構である」と主張していた(2021年1月12日付)。
https://japan-forward.com/recovering-the-truth-about-the-comfort-women/

ラムザイヤーが登場したニュースサイト「japan-forward.com」

茶谷さやかさん(シンガポール国立大学歴史学部助教授)が『ラムザイヤー論文はなぜ「事件」となったのか』としてこの問題をまとめているので紹介したい(「世界」岩波書店 2021年5月号)。

茶谷さんによれば、2月には世界の研究者有志が論文の検証をおこない。「『太平洋戦争における性行為契約』論文に関し研究上の不正を理由とする撤回要求」として、論文を掲載した学術誌編集部に送り、その後インターネット上で公開した
https://chwe.net/irle/2021/02/19/letter-by-concerned-scholars-amy-stanley-hannah-shepherd-sayaka-chatani-david-ambaras-and-chelsea-szendi-schieder/
そして、たくさんの団体や個人がこの論文に対して声を挙げていった。

なぜこのような事件が起こったのか? ラムザイヤー個人は日本生まれの日本育ちという「日本通」らしい。その彼が2018年と2020年の論文で被差別部落を「犯罪者集団」と決めつけ、架空部落をでっち上げて利用したと論じている。更に在日コリアン、沖縄に当てはめて被差別のアイデンティティを作り上げてきたと論じている。

これだけを読むと、ラムザイヤーは単純にネット右翼の主張をオウム返しにしているだけでないかとしか思えない。ただし内容はともかく、右派にはこのような学術資料が必要だった。これまでの「慰安婦問題」の国際的な言説や「少女像」の建設をめぐり、右派のいう「歴史戦」について、守勢にたたされており、そこでの英文や歴史・学術書が欠落している弱点があり、その埋める必要があった。歴史修正主義を通すうえでの根拠となる資料としてラムザイヤー論文が要求されているのだろう。

いっぽうで、日本の右派と米国の白人至上主義の交差について指摘している。「差別は自己責任であり、マイノリティの統率者がむしろメンバーを搾取している」というロジックは本来はアメリカに適用したいのだが、そうすると政治問題になるので、日本史を使って発表すると述べ、日米の排外主義者のもたれあいにも注意を喚起している。

ラムザイヤー論文の内容とその問題点については、日本でも「Fight for Justice」が主催する緊急シンポジウムが3月14日に開催され、ラムザイヤー論文の問題点と、論文が発表されて以降に出された様々な抗議声明などが紹介された。

「慰安婦問題」を歪めるラムザイヤー論文!

吉見義明さんの『ラムザイヤー論文の何が問題か』(「世界」岩波書店 2021年5月号)によれば、<彼は軍や政府が「慰安婦」制度という性奴隷制度をつくり維持したこと無視している/契約がある場合でも、「慰安婦」は契約を結んだ主体ではなかった/契約もなく軍や業者により略取または誘拐され、慰安所に拘束された朝鮮人・中国人・台湾人・フィリピン人・インドネシア人・オランダ人・東チモール人など多くの女性たちがいた/契約があった場合でも、契約期間が過ぎるか、前借金を返済しても帰国できなかった女性たちが数多くいた/ラムザイヤー論文は破綻しており、学術論文として認めがたい/「慰安婦」が性奴隷制の被害者だったという重大な人権侵害の問題を無視している>と批判している。

そして、ラムザイヤー論文が「慰安婦」=商行為という議論の焼き直しにすぎない、として歴史修正主義の主張が査読を通ったことは問題で、再審査と掲載の撤回を求めている。

7月3日にはzoomによる<国際ワークショップ「ラムザイヤー問題」とアメリカの日本研究>が東京外国語大学・科研費基盤研究主催(研究代表・友常)により開催されて、吉見義明(中央大学名誉教授) 「ラムザイヤー「慰安婦」のどこが問題か」、酒井直樹(コーネル大学) 「パックス・アメリカーナ(Pax Americana)と地域研究としての日本研究」、山口智美(モンタナ州立大学) 「ラムザイヤー問題と右派の「歴史戦」」 の講演が行われた。すべてを聞くことができなかったので紹介はできないが、最後のまとめ的なコメントをした研究者があまりに「慰安婦問題」について無知であるのと、低水準だったのが残念だった。

ラムザイヤー論文の内容については吉見義明さんが重ねて具体的に批判・論証しており、そちらを参照してもらいたい。
https://fightforjustice.info/?page_id=5190

やはり、問題視したいのは論文の内容よりも(内容じたい当然ながら否定されるが)、なぜ先行研究を無視したこのような論文が査読を経て学術誌に掲載されてしまったか、ということにあり、その意味では雑誌「世界」の特集タイトルで「ラムザイヤー・スキャンダル」とあるように論文そのものより、「ラムザイヤー問題」なのである。そこに見えるのは学術の世界ほころびであり、制度のあやうさ、日米の反動的・歴史修正主義的な流れであり、共鳴である。再説となる部分もあるがこの間の問題発生の源流とその対応など以下のように要点を整理したい。

・米国における学術問題:地域研究や歴史研究者の査読を乞い、意見を尊重する重要性
・帝国主義本国におけるレイシズム・オリエンタリズム・西洋中心主義の問題:トランプに通じる白人至上主義の残存と日米保守の排外主義の共鳴
・知識研究の暴力的視点:帝国主義的、植民地主義的な研究のありかた
・学術分野の垣根を超えた連帯・対話:内外歴史研究者のネットワークの結束、問題解決の意識形成

ある法経済学者が「我々のフィールドがフェイクニュースの出所になっていいのか」と表現するほど、ラムザイヤー論文事件は深刻に受け止められた(茶谷さやか 「世界」岩波書店 2021年5月号)。とあるが、科学や学問をいまいちど倫理や支配・被支配の関係から捉え返してみるよい機会ではないのか。「日本学術会議」の任命拒否問題を想起すればわかるように知識や学問も権力や政治と無縁ではありえない、今一度なんのための学問なのか考えてみよう。
(本田一美)