政府は教科書介入するな!追悼・俵さん
教科書の問題に取り組む市民団体「子どもと教科書全国ネット21」の前事務局長の俵義文(たわら・よしふみ)さんが6月7日に亡くなった。享年80歳。先の戦争を正しい戦争であったとか日本の過去の過ちを認めない歴史修正主義を批判し、また政府の教科書への採択や検定への圧力を暴露し、東奔西走に活動した。近著には『日本会議の野望』(花伝社 2018年)『戦後教科書運動史』(平凡社 2020年)がある。集会などで、あの人懐っこい笑顔がもう見られないのが残念だ。心より哀悼の意を表します。(編集部)
いまだ続く文科省による中学・高校教科書への圧力
中学校教科書に「従軍慰安婦」の記述が登場したのは97年からだが、その前年から教科書の内容に対して攻撃が加えられた、と俵義文さんはいう。
俵さんによれば、第一次教科書攻撃は1956年からの教科書検定強化と行政指導による教育委員会の教科書広域採択だ。第二次は1980年からの自民党での「教科書統制法案」の国会上程の準備と「書かせる検定」の強化があり、「侵略を侵攻に書き換え」させてアジア諸国からの批判を浴びた。
そして第三次教科書攻撃は「従軍慰安婦」の記述など、過去の日本の行為を否定的に描くものに対し教科書の記述の削除・訂正をするように圧力を加えてきた。(『ドキュメント「慰安婦」問題と教科書攻撃』俵義文 高文研 1997年)
「従軍慰安婦」が教科書に登場した年に「日本会議」が発足し、同時に「日本会議国会議員懇談会」も発足して、教科書への圧力をかけている。「従軍慰安婦」の事実そのものを否定できないので、朝日新聞叩きをしているのだろう(従軍「慰安婦」が「『軍より“強制連行”された』という見方が広く流布された原因は、吉田清治氏が、日本軍の命令で、韓国の済州島において、大勢の女性狩りをした、という「吉田証言」が大手新聞社で大きく報道されたことにあり、虚偽を広めたとしている)。
しかし朝日新聞の慰安婦報道について国際的に影響を及ぼしたかどうかは、認定されていない。「吉田証言」についても取り消されてはいるが、裏付けがとれなかった、ということであり、真偽そのものは今後の資料などの進展を待つほかないだろう。
https://www.asahi.com/corporate/info/11350921
現下の教科書への圧力に関しては政権の明確な意図(戦争の加害の側面や具体的な明示、名称を避ける)が、透けて見える。
文部科学省が5月に「従軍慰安婦」に関して、教科書会社を対象に説明会を開いていたと、朝日新聞が報じた。検定に合格した教科書について、記述の訂正申請が「6月末」という時期を示し、文科省は訂正勧告の可能性についても言及したという。記事によれば「中学の社会科や高校の地理歴史、公民科の教科書は、2014年の検定基準改正で「政府見解がある場合はそれに基づいた記述」をすることが定められた(略)萩生田光一文科相は5月12日の衆院文部科学委員会で「今年度の検定より、教科用図書検定調査審議会で、政府の統一的見解を踏まえた検定を行う」と答弁した。検定済みの教科書については「発行者による訂正申請などの状況を踏まえた上で適切に対応する」とした。
(教科書の「従軍慰安婦」記述巡り、文科省が異例の説明会「朝日新聞デジタル」2021年6月22日)
https://www.asahi.com/articles/ASP6Q5K47P6QUTIL022.html
しかし、文科省の羽生田大臣は2021年3月27日の記者会見で、中学校の歴史教科書として申請がなされた図書において「いわゆる従軍慰安婦」との記述があり、これには、教科用図書検定調査審議会の学術的、専門的な調査・審議の結果、検定意見は付されなかったと、説明している。この表記は平成5年の河野官房長官談話においても使用されているとして、検定意見はない、と語っているにも関わらず、すぐその後で、政府の意思をゴリ押しするようになる。
https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00047.html
社会新報の記事によれば、菅義偉内閣による4月27日の閣議決定で、93年の「河野談話」を継承しているとする、一方で、あいも変わらず、「吉田証言」と朝日新聞の報道の影響を断定して、政府としては、『従軍慰安婦』記述を用いることは誤解を招くおそれがある」との理由で、「単に『慰安婦』という用語を用いることが適切である」と閣議決定した。(文科省が教科書会社に訂正指示 「従軍『慰安婦』」⇒「慰安婦」「強制連行」⇒「徴用」『社会新報』2021年6月18日)
https://sdp.or.jp/sdp-paper/scoop-wartime-comfort-women-history-textbook/
一方で従軍「慰安婦」に対する「強制性」を認めた1993年の「河野談話」を「継承している」と表明したにも関わらず、「政府の統一的見解を踏まえた検定を行う」という検定の示唆には矛盾があるのだ。検定理由にはなんの合理的説明がない。継承しているという「河野談話」にある「強制」と「旧日本軍の関与」の一部を参照してみよう。
「今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」
(「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」1993年(平成5)年8月4日)
強制を認めているにも関わらず、訂正をさせるのは居直り強盗のようなものだ。このような政府の二枚舌の「閣議決定」(4.27)と教科書会社への圧力は許されるものではない。なんとしても加害の事実や戦争責任、戦後補償の問題に頬かむりしたい政府の態度を強く糾弾するとともに、東アジアの連帯をすすめていた俵義文さんの意思を次いで、日本の歴史修正主義に対決していくことを改めて誓いたい。
(本田一美)7.20加筆