「元首」天皇の宣告――西村宮内庁長官「拝察」問題の本質

はじめに

2021年6月24日、天皇・皇族の公的活動に関する事務を取扱う国家機関である宮内庁の西村泰彦長官は、定例記者会見で、徳仁天皇の東京オリンピック・パラリンピックへの関与に伴うその準備状況を問われ、次のように答えた。

「開会式と競技のご覧のご臨席は調整中で、紹介できる状況ではない。天皇陛下は新型コロナウイルス感染症の感染状況を大変ご心配されている。国民の間に不安の声がある中で、ご自身が名誉総裁をお努めになるオリンピック・パラリンピックの開催が感染拡大につがらないか、ご懸念されている。ご心配であると拝察している、私としては、感染が拡大する事態にならないよう、組織委員会をはじめ、関係機関が連携して感染防止に万全を期していただきたい」

西村宮内庁長官は、徳仁天皇の「思い」を述べなくても、記者から問われたその準備状況を説明できたのに、なぜ、わざわざ徳仁天皇の「思い」を入れて、その説明を行ったのであろうか。

1.日本国憲法の「象徴」天皇

日本国憲法が設置する天皇(全世界・万物を支配する君主の意味)と呼ぶ日本型君主は、「主権」(国家の統治権)を保有せず(前文・第一条)、「国政に関する権能」(政治活動権)も保有せず(第四条)、政治的無権能機関として、形式的・儀礼的・非宗教的な「国事に関する行為のみ」を行って(第四条)、見えない日本国と日本国民の統合が存在していることを表出する(象徴の意味)機能を果し、国家の装飾体となる「日本国の・日本国民統合の象徴」(第一条)である。

「象徴」(としての)天皇が行うことのできる「『公的』(国家機関としての)行為」は、日本国憲法に定められた次の一二項目の「内閣の助言と承認」(第三条)のもとに行う「国事に関する行為」(第六条・第七条)のみである。

(1)国会の指名に基づく内閣総理大臣の任命(第六条第一項)、
(2)内閣の指名に基づく最高裁判所の長たる裁判官の任命(第六条第二項)
(3)憲法改正、法律、政令及び条約の公布(第七条第一号)
(4)国会の召集(第七条第二号)
(5)衆議院の解散(第七条第三号)
(6)国会議員の総選挙の公示(第七条第四号)
(7)国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免の認証、全権委任状の認証、大使及び公使の信任状の認証(第七条第五号)
(8)大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権の認証(第七条第六号)
(9)栄典の授与(第七条第七号)
(10)批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証(第七条第八号)
(11)外国の大使及び公使の接受(第七条第九号)
(12)儀式 (天皇が主催する儀式)の挙行(第七条第十号)

上の「国事に関する行為(国事行為)」内閣の「(国家に関係する作業のこと)の実施に伴う助言」とは、内閣が、天皇に「国事に関する行為」を行う事柄が生じたことを知らせ、それを行うことを促すことであり、内閣の「承認」とは、天皇の「国事」に関する行為」の実施方法に内閣が同意することである。

天皇は、自発的意思で「国事に関する行為」を行う権能を有していないから、「国事に関する行為」の実施を天皇に促す内閣が、「国事に関する行為」の実施に伴って生じる責任を負わなければならない(第三条)。

なお、日本国憲法の施行(1947年5月3日)時から国家が容認してきた「国事の関する行為」と区別されるもう一つの天皇の「『公的』行為」――「象徴」という地位から生まれる「『公的』行為」という意味で、「象徴としての公的行為」と呼ばれる――は、日本国憲法は否定しているので、憲法違反の「『公的』行為」となる。

今日まで、天皇(裕仁天皇・明仁天皇・徳仁天皇)は、外国賓客の接遇、外国訪問、国会開会式への出席と言葉の表明、新年一般参賀への出向、全国植樹祭・国民体育大会・全国豊かな海つくり大会・全国戦没者追悼式などの全国的規模の行事への出席、オリンピック・パラリンピックの名誉総裁就任、被災地への見舞い、福祉施設への慰問、戦地での慰霊、歌会始、講書始、園遊会などを、「象徴としての公的行為」として、行っている。

国家が、「象徴としての公的行為」を捏造したのは、天皇に、国家の統治の穴埋めをさせるためであり、且つ、天皇の国民吸引力を強めて、国家に反乱する国民を懐柔させるためである。天皇にとっては、国民と接触する機会が得られて、国民を味方にできる土台とそれに基づいて時の政府を牽制する力を作れることになる。

「象徴」天皇は、政治的無権能の国家機関であるから、どんな場合でも、自己の政治的意思を、自らの口からでも・他人の口からでも、(強調)・公に示すことは許されない。

このような「象徴」天皇が創出されたのは、第二次世界大戦前において、大日本帝国憲法(1890年11月29日施行)が、皇祖・天照大神から大日本帝国の統治権を受けた神権天皇である天皇が(憲法発布勅語)、国家の「元首」(対外的には国家の代表、対内的には立法権・行政権・司法権の行使権者)となって(第四条)、国家の統治権(主権)を総欖し(第四条)、大日本帝国を総治する(第一条)と定めたことにより、天皇の臣民としての国民は、天皇に生殺与奪権を握られ、天皇の国家の命じるままに行動しなければならないとされ、その命に背くものは弾圧された。天皇が戦争を始めれば、生命と財産を天皇に捧げなければならなかったことの反省からであった。

裕仁天皇が、中国(中華民国)を大日本帝国の植民地にするために起こした「日中戦争」(1937年7月7日開始)とアジアを大日本帝国の植民地にするために起こしたアメリカ・イギリスに対する「太平洋戦争」(1941年12月8日開始)に敗北し、「第二次世界大戦」(1939年9月1日-1945年9月2日)の敗北国となって、2000万人のアジア人を殺害し、アジアとヨーロッパの女性を従軍慰安婦にし、310万人以上の日本人を死に至らしめた天皇の大日本帝国が崩壊する時、「ポツダム会談」に基づいて大日本帝国を軍事占領したアメリカのアジア戦略によって、中華民国・オーストラリア・ニュージーランド・ソヴエト社会主義共和国連邦(ソ連邦)の天皇制度廃止論を制して、天皇制度は温存された。

「ポツダム宣言」はドイツのポツダムで行われたアメリカ(トルーマン大統領)とイギリス(チャーチル総理大臣)とソ連邦(スターリンソ連邦共産党書記長)の首脳会談(「ポツダム宣言」、1945年7月17日から8月2日まで)において合意され、アメリカ(大統領)・イギリス(総理大臣)・中華民国(政府主席)の名で1945年7月26日に発表(大日本帝国に通告)されたもので、大日本帝国の「降伏条件」を定めた文書である。

大日本帝国は、アメリカによる広島(1945年8月6日)と長崎(同年8月9日)への原子爆弾の投下及びソ連邦による対日宣戦布告(同年8月8日)を契機にして、1945年8月14日に、「ポツダム宣言」を受諾し、戦闘を止めた(同年8月15日)。

「ポツダム宣言」の主な内容は、次の通りである。

(一)日本軍国主義者の権力及び勢力は、永久に除去されなければならない(第六項)。

軍国主義(militarism)とは、国のすべての分野において軍事化が形成され、国全体を一つの巨大な軍隊にして、軍事的価値に従属する兵士としての全国民と全組織を侵略戦争に動員する。その場合、侵略戦争にとって障害となる民主主義的なものはすべて鎮圧していく、全体主義的反共産主義・反民主主義専制政治体系である。ヨーロッパでは、ファシズム(fascism)と呼ばれた。

日本軍国主義の頂点にいたのが、裕仁天皇であった。

(二)日本国軍隊は、完全に武装解除されなければならない(第九項)。

(三)一切の戦争犯罪人に対して厳重なる処罰が加えられる(第十項)。

(四)日本国に民主主義と基本的人権の尊重が確立されなければならない(第十項)。
(五)日本国の軍需産業の維持は許されない(第十一項)。

(六)以上のことが達成され且つ日本国民の自由に表明せる意思に従い平和的傾向を有し且つ責任ある政府が樹立されるまで、日本国は連合国の占領軍の占領を受ける(第七項、第十二項)。

「連合国」とは、「第二次世界大戦」を起こし(ドイツ・イタリアのファシズム国)、広げ(大日本帝国)たドイツ・イタリア・大日本帝国とその同盟国(オーストリア・アイルランド・ハンガリー・ブルガリア・ルーマニア・フィンランド・タイの七カ国――「枢軸国」――の侵略戦争に対抗する目的で同盟したアメリカ・イギリス・フランス・中華民国・ソ連邦などを含む53カ国のことを指す。

アメリカが天皇制度を温存したのは、「ポツダム宣言」に基づく大日本帝国の改造を、アメリカ仕様で行うことに当って、裕仁天皇を利用して円滑に達成しようとしたためであり、また、天皇制度の廃止に伴って生じるであろうと推測した日本国民の反アメリカ衝動と共産主義革命衝動を阻止しようとしたためであった。日本国民の共産主義革命衝動の阻止は、アジア諸国の民衆の共産主義革命衝動を阻止するためという意味が含まれていた。

しかし、天皇制度を温存したアメリカといえども、「第二次世界大戦」における侵略戦争責任を有する裕仁天皇を、主権者天皇として存続させることは、「ポツダム宣言」も、国際世論も、アメリカ国民も、許さないため、アメリカは「ポツダム宣言」に沿って、「国民主権」(国民が国家の統治権を掌握し・行使すること)と非戦・非武装・対話・永久平和主義を内容とする「第九条」を創設し、それを土台とする国民を支配できない、如何なる戦争もできない政治的無権能の国家の装飾体としての「象徴」天皇を編み出した。日本国憲法において、世界初の政治的無権能の君主が創造された。このことによって、裕仁天皇は、戦争犯罪人としての処罰を免れ、天皇家の人間が天皇を継承する制度(世襲制度)が温存された。

2・「元首」天皇の宣告

西村泰彦宮内庁長官の口から発せられた徳仁天皇の「思い」は、東京オリンピック・パラリンピックの開催が新型コロナウイルス感染症の拡大の要因になることを危惧し、暗に善処を求めるという内容であり、徳仁天皇の国策(東京オリンピック・パラリンピックの開催)に沿う政治的意思の表明となっている。

西村宮内庁長官が、「拝察」(推察の謙譲語)という個人的見解の形式を用いて、徳仁天皇の政治的意思を公表するという違憲的行為を行ったのは、徳仁天皇は「象徴」ではなく「元首」であるという国家の意思を国民に婉曲に示すためである。

「元首」とは、今日の権力分立制のもとでの基本型は、対外的には国家の代表であり、対内的には行政権の実質的又は名目的な長である。

行政権の実質的な長としての元首(例えば、アメリカの大統領)の場合は、憲法に基づいて行政権を実質的に統轄するが、行政権の名目的な長としての元首(例えば、スエーデンの国王)の場合は、憲法に基づいて行政に形式的・儀礼(形が定まってること)的に関与し、形式的・儀礼的な政治活動権を有する。

「元首」は、その内に国や民族の象徴的機能を含むが、政治的無権能機関である「象徴」は、「元首」を兼ねることはできない。

日本国憲法は、「元首」を設置していない。そこで、自由民主党は、現在の日本国家の対米従属を規定している日米安全保障条約体制と大企業本位のグローバル新自由主義型日本資本主義体制と自由民主党政権体制を守り抜くために、天皇を行政権の名目的な長としての「元首」にして、日本国を天皇のもとに国民が結集して動く「『天皇』の国」にしようと、2012年4月27日に決定した「日本国憲法改正草案」において、次のことを掲げた。

「日本国は」、「国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって」(前文)、「天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」(第一条)。天皇は、「国事に関する行為」(日本国憲法の「国事に関する行為」と同じもの)及び「国事に関する行為」以外の「公的行為」を行う(第六条第一項・第二項・第五項)が、「国政に関する権能を有しない」(第五条)。天皇の「国事に関する行為」のすべてには、「内閣の進言を必要とし、内閣がその責任を負う。ただし、衆議院の解散については内閣総理大臣の進言による」(第六条第四項)。

天皇は、「元首」となったから、天皇の行う「国事に関する行為」に対して、内閣が「進言」を行うとなっている。「進言」とは、上の者に対して意見を述べるという意味である。従って、内閣は、天皇に仕える内閣となり、「天皇の内閣」となる。

「元首」天皇は、「国事に関する行為」と「公的行為」を根拠にして、形式的・儀礼的な政治活動が可能となる。

徳仁天皇は、天皇就任儀式である「即位礼正殿の儀」を2019年10月22日に、また、「大嘗宮の儀」を2019年11月14日・15日に実施した。

「即位礼正殿の儀」とは、徳仁天皇が、皇祖・天照大神から、天皇の地位と日本の統治権を受けて、神権天皇(神から授かった統治権を有する天皇)となったことを公に宣言する宗教的儀式である。

「大嘗宮の儀」とは、徳仁天皇が天照大神の後継者として、大嘗宮(悠紀殿<ゆきでん>・主基殿<すきでん>)で、全国土から献上させた米等の新穀で自己を守ってくれる諸神をもてなし、また、その新穀を諸神と食べる(嘗なめる)ことによって、「霊威」を継承し、その「霊威」を以て全国土を服属せしめたことを公に宣言する宗教的儀式である。

安倍自由民主党政権は、天皇の日本国を演出する儀式である「即位礼正殿の儀」と「大嘗宮の儀」の実施を画期として、改憲なしで、憲法クーデターで、徳仁天皇の「元首」的取扱いに踏み切った。従来の内閣総理大臣による天皇への「内奏」(内密の国政報告)と並んで、内閣の政策(国政)についての説明が、天皇・皇后に表から行われるようになった(例えば、2020年4月10日、天皇・皇后は、赤坂御所で、内閣の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長の尾身茂氏から、新型コロナウイルスの感染状況や対策についての説明を受けた。これ以降、天皇・皇后は、頻繁に新型コロナウイルス感染症に関する説明を、関係者から受けている)。マスメディアも、徳仁天皇を「元首」として取扱う報道に改めた。

なお、「改憲クーデター」について、クーデター(coup d`Etat)とは、フランス語で、同一勢力内での武力を用いての政権打倒活動・略奪活動を意味する言葉であるが、それを利用して、憲法改正手続の論理と条件を破り、精神的暴力(暴論)と物理的暴力(暴動)を用いて、憲法の全部又は一部を停止したり、改変したり、廃棄したりする行為を、憲法クーデターと言う。

今後、徳仁天皇の政治的意思の表明は、色色な形で行われると思われるが、天皇の形式的・儀礼的な政治活動を認める天皇の「元首」化は、国民主権を侵食し、国民の天皇への服属を常態化させることになるので、主権者である私達は、自由民主党政権やマスメディアによる違憲の天皇の「元首」的取扱いを撤回させる運動を始めなければならない。