沖縄復帰50年 沖縄の現在(いま)を考える
2022年は沖縄が日本に復帰して50年で、それについてのイベントなどが数多く開催されている。練馬の区民・産業プラザ研修室1にて5月28日(土) 19時から「沖縄復帰50年 沖縄の現在(いま)を考える」という講演会が開かれたが、今回の講演は若い世代の研究者である古波藏 契(コハグラ ケイ)さん、沖縄の現代史と今をどうとらえているのかを語る。主催は「語やびら沖縄」もあい練馬。
●沖縄復帰50年 沖縄の現在(いま)を考える
古波藏 契さん(歴史社会学研究者)
はじめに構成を話します。
「島ぐるみ」闘争の背景/ポスト「島ぐるみ」の沖縄統治/「復帰後」をどう考えるか、というものです。
*「島ぐるみ」闘争の背景
米軍が軍事基地を作るために銃剣とブルドーザーによる土地の強奪があり、それに対抗して沖縄島民の闘争がはじまります。それが「島ぐるみ闘争」(新崎盛暉が命名し、後に翁長知事も使うようになった)です。これは米軍支配に対する総反撃だというのが人々の共通の認識です。
それまで沖縄は失業なき経済社会と言われていました。基地経済で回っていて基地ではたらき、日本のモノが流用されています。
米軍の仕事と公共事業そして農業というのが基本で、潜在的には失業状態でありつつ農村社会を温存していました。
基地経済は限界があり、究極的にセーフティネットは農業でした。土地政策がないので島ぐるみとなります。
*ポスト「島ぐるみ」の沖縄統治
米軍統治の政策転換があります。米軍の穏健な民族主義という沖縄の評価がゆらぎます。
米国調査によると広範な不満の状況があり。将来は日本政府に返還し、同時に軍事協定を結ぶことが好ましいと展望した。
沖縄の住民の福祉向上と暮らし、経済状況を良くする。沖縄版の高度成長が起きます(1965年)。
復帰運動と経済成長が重なり、復帰運動は経済的に懐柔されます。米国的生活スタイルが導入されます。中間階級の創出と維持がされます。
政策として資本家と労働者を分断・対立させないということで、労働者が上昇する可能性を見せる、米国市民の郊外住宅のスタイルを世界に振りまきます。それがマイホーム主義=労使協調の思想(ロストウ)です。
復帰運動と労働運動は相互に成長しました。米軍当局も教職員労組と校長など労働者と管理者が協調する労働政策があり、自由で穏健的な労働運動を育成させる自由労連の政策を導入しました。
*「復帰後」をどう考えるか
復帰後は大衆運動が低調になる。復帰運動の総括が必要だ。敗北の結果しての「復帰」だとしても課題が設定できる。
屋良朝苗という人の評価についても、純粋な復帰主義として米国から安全な人と見られていた。
運動の側で『復帰措置の総点検』(復帰協 1972年)が継続した闘争宣言となっている。だが、数年後には復帰協が解散する。復帰運動が続けられなくなった客観的情勢があります。
「反復帰論」は(川満信一『沖縄・根からの問い』)沖縄がマイホーム主義へと変質したという、共同体の生活環境が喪失されたという危機がある。
沖縄社会を見つめ直すこと。基地が背骨のようになっている。沖縄社会は肉みたいなもので基地へ適応してしまっている。簡単には分離できない、理不尽であることは事実だが長く続きすぎしまった。沖縄民衆の連帯意識が失われた。現在の条件のもとに新たな連帯の構築をしないといけない。
(文責:編集部)