映画『狼をさがして』への極私的追想

『狼をさがして』予告より

『狼をさがして』予告編(youtubeより)

友人が『狼をさがして』観に行くと言うので、私も気になることもあり一緒に映画を見ることにした。監督はキム・ミレ氏。釜ヶ崎での別な映画の撮影時に、偶然耳にした事件を映像化したとの事だが、すっかり平和ボケした私には襟を掴まれ揺さぶられたかのような衝撃の映画だった。

半世紀たった今、すでに風化した事件となり、今の若い人たち――どっぷりと天皇制に浸りきった若者には、理解の及ばない事件かも知れない。あの事件は20代の若い人たちによって引き起こされた大事件だったのだが……。

<企業爆破事件>

1974年の残暑も終わる8月末、皇居前の丸の内で三菱重工ビルが爆破された。世に言う「東アジア反日武装戦線」による爆発殺傷事件で、私はタクシーの運転手から「丸の内は通れない」と聞かされた。日常にうつつをぬかしてきた日本社会では、あまりのにも唐突な事件だったことを思い出す。

映画ではテロリスト大道寺将司たちの現代史認識が語られ、三菱重工攻撃の正当生を主張はされるものの、しかし兵器産業会社社員たちの犠牲はあってはならない事だ。「8名の死者。380名の負傷者」は市民へのテロであり、彼らの過誤はあまりにも大きく、どのような弁明も通用しない。

<極私的な思い出>

冒頭に「気になることがあり」と書いたが、私は駒沢あやこさんがどう描かれているのか、を知りたいと思い渋谷の映画館に足を運んだ。しかし海外逃亡の彼女のことは一言も語られてはいない。当然と言えば当然か。

監督の制作動機は、或いは「覚醒せよ、二ホン!」なのかも知れぬ、と思いながら帰途につき、帰宅後、書棚から大道寺の絶筆句集『棺一基』を取り出しパラパラと眺めやる。

若いころ、私は明治薬大で学生新聞に携わったことがある。当時の明治薬大は本校が世田谷に分校が田無にあり、他大学とは東日本薬学生連盟で交友をもった。

かつて、星薬大での駒沢あや子さんは、美しい寡黙な薬学徒だったが、警視庁のアパートローラ作戦であぶり出されてしまい、1978年に逮捕され報道された。新聞の顔写真に、かすかな「もしや?」は彼女であることを確信させ、しかし彼女は、時の総理大臣・福田の「人の命は地球よりも重い」という、テロリストたちの論理を裏で揶揄する文言を以て、超法規的措置によって釈放された。きっと海外のどこかで生きているに違いない。

思い起こしてみると、星薬科に駒沢さんが、共立薬大には永田洋子が、そして東京薬大にはEさんがいて、その後は冤罪で捕らえられている。駒沢さんは、きっと無機研究室から青酸カリを盗み出し、それをメンバーたちのネックレスに忍ばせたのだろうと思う。逮捕とともに車中で青酸カリを呷ったのは、Sくんであっただろうか。大道寺たちも吞もうとしたが警官に阻止された、という記事があったような記憶がある。永田洋子には面識はないが、警視総監・土田を狙撃したとして冤罪逮捕されたEさんとは10年ほど前、国賠訴訟の会で出会ったことがあった。

『棺一基』には大道寺の痛恨が見え、不意に人生を奪われ犠牲となられた人たちへの懺悔の言葉であろうか。句集には私事を遺棄した透徹に貫かれている印象を受ける。愛妻あやこさんには一文字すら読まれていない。触れることがないからこその同志、なのかも知れぬ。

<日特金襲撃>

映画では「にっとくきん」という言葉に、私は驚いた。当時、田無にあった「日特金」は、明治薬大の通りの向かい側にあった、三菱重工系列の機関銃製造会社で、数年前にもあり、きっと今も現存しているのではないか。世界のどこか紛争が絶えぬ世界であれば、必要悪の軍需産業ということで、諦めていないか。つくづくと平和学の芽生えが途切れていることに胸を痛める。

陽が落ち、通りの人や車両が少なくなると、機関銃試射の音が相対的に大きくなり、否が応でも、実験などで遅い帰宅時の薬学徒には、無機質な殺人兵器の音だ。

当時はベトナム戦争の時代。二ホンは武器輸出三原則があり、しかし、機関銃を分解して輸出すれば、それは許可され、現地で組み立てれば、機関銃は十分の機能する。

当時の我々薬学徒が出来たことは、チラシを工場門扉に貼付したり出退勤時の配布程度だったけれど、狼たちの場合は、夜間の工場内に乱入もしていたらしいことが、映画では語られる。

さらに、お召し列車を爆破しようとした大道寺らの荒川鉄橋爆破未遂も付記すべきだろう。

<終わりに>

映画では刑期を終えた浴田由紀子さんが、荒井まり子さんとその母を訪ねる場面が描かれる。荒井もと子さん、ともと子さんの母親たちが、天皇制現代史の虚偽に気付き覚醒しテロリストたちに同化した母親たちの、天皇制からは自由な時空が描かれる場面には拍手を送りたいと思う次第だ。

併せて、DVD『母たち』を付記して紹介しよう。

ハンナアーレントは、「思考の空白に悪は棲みつく」の言葉を遺したが、「8名の死者。380名の負傷者」の「ご家族のその後」の映画は表現はできないものか、と思う。憎悪のらせん構造のなかで、怨念を超える方策として映像文化の傑出を望みたいもの、とつくづく思う。

(宿六)

警察白書  https://www.npa.go.jp/hakusyo/s51/s510700.html
DVD『母たち』 https://mistraljapan.theshop.jp/items/27628455

黒川芳正を含む東アジア反日武装戦線「さそり」のメンバー大道寺将司、益永利明、荒井まり子らは、丸の内の三菱重工爆破事件を起こし、すでに獄中にある。黒川は獄中からこの作品を指示し監督する。そして本作製作当時、彼等は死刑囚あるいは無期懲役となっていた。黒川のアイディア「天皇制とは純粋に家父長制原理の権化であるのではなく、同時に女性原理の権化としてある」ことを証明し、「日本的母の原像を批判的に検証する」という明確なテーマに向かって佐々木健以下スタッフは、8ミリカメラで黒川自身の母を含む獄中メンバーの母たちへのインタビューを続けた。大道寺将司の母 や黒川の母は息子たちの犯した事件によって徐々に「天皇制」について学習していくようになっていった。そして益永利明の母は事件以降に自ら進んで「母」となるべく養母となった女性であった。それぞれ事件によって担った重い負荷とともに、冷静に現状を受けとめ今では死刑反対の運動を続ける「母たち」の姿。時にはユーモアを交えた分析的な寸劇を、そして大道寺将司の原体験となる北海道の風景をはさみながらも、「母たち」は素直な感情を語った。映画は「日帝本国人としてしか生きれなかった、おのれ自身への自己憎悪のパトス」という告白とともに終わる。

『狼を探して』HPより

『狼を探して』HPよりhttp://eaajaf.com/