踊りによる戦争の表現―現代舞踊「緑のテーブル」

舞台「緑のテーブル」会談部分

舞台「緑のテーブル」会談部分(WINTER STREAMING | Kurt Jooss’ The Green Table)

高校時代の教科書だったと記憶しているが、演劇の歴史で奇妙な仮面を被ってポーズをとっている数人の写真があった。キャプションで「緑のテーブル」という文言が付されていて不思議な印象を受けた。

それからだいぶたって、ピナ・バウシュとヴッパータール舞踏団の舞踊を国立劇場で見たりしたのだが、ピナ・バウシュが「緑のテーブル」を創作した振付師のクルト・ヨースに師事していたことを知った。

ピナ・バウシュ(1940年- 2009年)は現代最高のコンテンポラリーダンスの振付師・ダンサーと言われていて、ダンスと演劇の垣根を越えた、とも評されているのだが、そのダンスのもとなっているのはドイツの表現主義舞踊であることも知った。

http://www.newsdigest.de/newsde/features/10266-pina-bausch/

20世紀初頭ヨーロッパでの新芸術運動は、アールヌーボー、イタリア未来派、オランダのデ・スティル、ダダイズムなど多々あるがドイツを出発点として表現主義も台頭した。ドイツ表現主義は人間の内面を重視する表現活動としてジャンルも多岐に渡る。たとえば絵画では社会の矛盾などをテーマとするものがある(グロッス、オットー・ディクスなど)。また代表的な映画として『カリガリ博士』(1919年) がある。舞踊ではドレスデンを中心として、新たな舞踊形式を持つ表現主義舞踊が誕生した。

余談だが、日本の暗黒舞踏はドイツ表現主義舞踊にルーツがあるとされている。また、先駆的な前衛映画として衣笠貞之助監督の『狂った一頁』(1926年)があり、当時の文学運動の新感覚派のひとつとして紹介されてきたが、病院内での踊りのシーンなどに表現主義舞踊の影響を強く感じる。

話を戻せば、ドイツ表現主義舞踊はルドルフ・フォン・ラバン、マリー・ヴィグマン、クルト・ヨースという3人の革新者が挙げられる。そのなかのクルト・ヨースはやや立ち位置が違っており「当時の表現主義舞踊家達は、クラシックバレエに対峙する位置にいたが、ヨースは、積極的に創作の中にクラシックバレエを取り込もうとしていた。」(『ドイツ表現主義舞踊家』鈴木麻里子 2022年)という。

そして1932年パリでの国際舞踊コンクールにおいて、「”Der grune Tisch”(緑のテーブル)」が発表され、第1位を獲得した。この作品は中世の死の舞踏(特にハンス・ホルバインの『死の舞踏』)をモチーフにして戦争の愚かさ。恐怖を表した舞台として、語られる作品だ。

さて、実際に「緑のテーブル」を観てみよう。

始めに緑のテーブルが舞台上に表れてピアノの重厚な音から軽い音楽へと変わっていく。10人の仮面をかぶった外交官が5人ずつ分かれてタイトルとなっている緑のテーブルを挟んで向き合って会談をしている。

5人の外交官はピアノの音に合わせて個別に踊ったり、変わったポーズを決めたりし、ときには5人で揃った動きをする。最後にすべての人が拳銃を取り出し上に向けて発砲する。これが戦争の始まりを表している。

舞台は変わり、ドクロのメイクをした古代の兵士らしき踊り手が青い照明に照らされて単独でダンスをする。この後、複数の兵士と旗を持った旗手が行進のような踊りを踊る。また、そこに兵士の家族や恋人と思しき女性が兵士と共に踊ったりする。家族との分かれを表している。

複数の男女が抱き合いダンスをするハグシーンが挟まれる。休息の場面も一時しのぎのものでしかない。

人々が並んで屈折して、戦争に翻弄された精神的にも肉体的にも疲れ切った生存者を表現している。そしてドクロの兵士が皆を死に追いやっていく姿が、一列に並んで歩いてく情景として表される。

最後にまたテーブルを挟んだ外交官のこっけいな踊りが繰り返される。これは「外交官たちによる会議は、戦争を終えるためのものではなく、見せかけの交渉をしているのだ」「信頼できない政治家たちを皮肉り、批判している」(Akiko Ono/振付師)のだと分かる。

いかがだろう。いくつかの舞台の場面で戦争の愚かしさ、悲惨さ、怖さが伝わってくるのではないだろうか。

なお、この舞踊は日本でも演じられている。スターダンサーズ・バレエ団が何度か上演しており、直近の公演では2022年9月3日(土) 神奈川県民ホールにて開催が予定されている。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000049422.html
(本田一美)

兵士たちの争いが描かれる()

兵士たちの争いが描かれる(WINTER STREAMING | Kurt Jooss’ The Green Table)

以下参考にさせていただきました。

『ドイツ表現主義舞踊家』鈴木麻里子 2022年 – 大阪信愛学院
https://adm.osaka-shinai.ac.jp/upload/library_bulletin/file/44/suzuki44.pdf

繰り返す振付が伝えたいメッセージを強調している ダンス作品「緑のテーブル」 (体幹トレーニングとダンス Core Training & Dance)
https://www.youtube.com/watch?v=_p7aQ2NDCro

「反戦」をテーマとする不穏な名作『緑のテーブル』をスターダンサーズ・バレエ団が14年ぶりに再演する!https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail011378.html

WINTER STREAMING | Kurt Jooss’ The Green Table