軍隊と性の問題を語る―性感染症からジェンダーの暴力まで

チラシ

「2022平和のための埼玉の戦争展」チラシ


8月3日から7日まで埼玉会館の小ホールとオンラインで「2022平和のための埼玉の戦争展」が開催された。主催は日本機関紙協会埼玉県本部などで構成する実行委員会。ここでは8月3日にオンラインで開かれたピーストークを紹介する。

「コロナ禍で考える保健衛生戦争、平和」と題して雪田慎二さんがオンラインで講演した。雪田さんは最初に性感染症とは何か、と定義を語り、「性行為で感染する病気」を総称して、性感染症(STD)という。ウイルス、細菌、原虫などが性器、泌尿器、肛門、口腔などに接触することで感染する。現在の日本では、性器クラジミア感染症、性器ヘルペス感染症、淋菌感染症、突圭コンジローマ、梅毒などが多い、と説明。そして日本における性感染症(梅毒)の歴史を振り返った。以下雪田さんの話は戦中・戦後の「従軍慰安婦」問題から社会の軍事化の話へと展開した。

    ■雪田慎二さん(医師・医療生協さいたま生活協同組合理事長)のお話

日本ではロシア海軍が長崎に来たときに(1860年)。遊女に梅毒検査がなされ、1872年に「芸娼妓解放令」が出されるが売春の禁止ではなく、公娼の制度化へ向かう。1895年頃には遊郭の性病感染率は10%前後だったという。

内務省の娼妓に関する統計では(1921年~1923年)、娼妓の95%が30歳以下で、67%が3年以内に廃業しているという。死亡率も高く過酷な労働と劣悪な生活環境であったことが推測される。

旧日本陸軍・海軍の性病対策を見ておこう。日本陸軍の兵員確保上、性病対策が必須の課題となっていた。平時は軍指定の遊郭、戦時は慰安所を利用させた。これらは強姦の防止、性病の予防、防諜などが目的とされた。

陸軍はコンドームと消毒用の昇こうグリセリンとしてが兵士のなかでは使用率は高くなかった。海軍もコンドーム持参と感染した場合は上陸禁止処置があった。

●日本軍が「従軍慰安婦」をつくる

1932年~1945年まで、第一次上海事変から戦地・占領地で日本の陸海軍が慰安所をつくり、そこで軍人・軍属の相手にする「従軍慰安婦」という女性を置いた。

そこでは軍直営と業者の経営させるものと民間の遊郭などを軍が指定して利用するものがあった。これは強姦の防止、性病防止(2つとも実際にあまり効果はなかった)、性的慰安の提供、防諜の目的があった。

なぜ慰安所がつくられ続けたかといえば、兵士のストレス解消の問題が大きい、日本軍に休暇ははほとんどなく、兵士のストレスが溜まり、私的制裁、暴力が横行し厳しい抑圧状況にあった。(吉見義明『日本軍「慰安婦」制度とは何か』岩波ブックレット 2010年)

慰安所への軍関与資料

慰安所への軍関与資料。陸軍省は派遣軍が選定した業者の選定を適切にすりょう指示していた。「軍慰安所従業婦募集ニ関スル件」(講演資料より)

●「従軍慰安婦」問題の戦後
1990年に韓国の女性団体が「慰安婦」制度は重大な人権侵害かつ戦争犯罪であり、日本政府に対して国家補償を求めると共同声明を出した。元慰安婦として金学順さんが提訴(1991年)。吉見義明さんが慰安所設置について旧日本軍の関与を示す資料を朝日新聞に発表する(1992年)。そして「慰安婦」制度における日本軍の関与と強制性を政府として認める(「河野談話」1993年)。

村山政権は「女性のためのアジア平和国民基金」を設立(2007年解散)して、364人を対象に「償い事業」をした。これは妥協の産物で賠償は解決済みとして国家の責任ではなく民間からの見舞金とした。

「日本軍性奴隷を裁く女性国際戦犯法廷」が開かれて日本の有罪と賠償を責任を認定(2000年~2001年)。これを取材したNHK放送の番組を安倍晋三が圧力をかけた(2005年に表面化)。2015年には当時の朴槿恵政権と安倍政権で慰安婦問題日韓合意が成立した。その後は韓国での和解・癒やし財団が解散した(2019年)。

アメリカ連邦議会で、日本軍が女性たちを「性奴隷制」に強制した事実を明白に承認し、謝罪することを日本に勧告する決議を採択した(2007年7月)。これに対して日本の「歴史事実委員会」(櫻井よしこ氏など)が反論する意見広告を「ワシントン・ポスト」紙に掲載した。意見広告の内容については吉見義明氏の岩波ブックレットで検討・反論している。

●軍隊と性の問題

「従軍慰安婦」問題で他の国もやっていた、日本軍だけが特別だった、とする意見があるが性暴力を追認したり、軍隊の持っている問題を見落とすことになる。

軍隊という構造に言えることは社会の幅広い階層から集められて「男らしさ」という資質を共有させ、強調することで攻撃的なふるまいを呼び込む。

国家が売春を管理する制度は、健康を守ることを目的に、娼婦の登録認可と強制的な性病検査を基軸にしてヨーロッパで広まった。

英国での「伝染病」法は(1964年)、指定された軍港および軍の駐屯地において警察が娼婦と判断した者に、定期的な性病検査を義務づけ、罹患したものには入院させ、治療を拒否したものには投獄するとした。

社会運動や世論・議会などの女性擁護の声がない限り、軍隊そのものが慰安所類似の施設を生み出していく傾向にある。米英では国内の人権擁護の運動もあり、反発を恐れて慰安所設置には向かわなかったとも言える。歯止めのない日本とドイツでは慰安所設置を行った。

戦前・戦中に多くの医師が軍医として、慰安所の運営にかかわった。それに対する責任の自覚と反省は、日本医学界の今後を考えるうえでも必要なことではないか。

世界史における戦争と性暴力には征服・支配の手段としての性暴力(強姦や性的拷問)と軍や国家による管理売春・強制売春がある。強姦が安上がりで効果的な「武器」とされた。なぜか、自分の妻や娘や共同体の女性たちの自らのものと考える(敵側の)男たちへの最大限の攻撃になる。女性は男性の所有物であるとする考え方もジェンダーの暴力であり、二重のジェンダー暴力となる。

●シンシア・エンローの軍事化論

シンシア・エンロー(フェミニスト・国際関係論)によれば、米国は以下のとおり軍事化されているという。カッコ内は日本に当てはめたものである。

・世界は危険な場所である(安全保障環境が劇的に変化している)。
・国家安全保障は軍隊に保障されたものである(自衛隊が日本を守っている)。
・集団的暴力は紛争解決に使用可能である(日米同盟強化で共同作戦行動)。
・自前の軍隊が必要だ(9条に縛られた日本は未熟な国)。
・兵士の行為と犠牲は英雄的だ(自衛隊に感謝を、というキャンペーン)。
・国家安全保障には女性の健診と犠牲が求められる(地域や自衛隊員の母・妻も協力)。
・若い男性の特性からくる戦時暴力は許される(戦争には慰安婦制度が必要)。

これらは戦時だけでなく平時に国民に刷り込まれれるもので、「軍事化」とは徐々に、制度としての軍隊や軍事主義的基準に統制されたり、依拠したり、そこからその価値を引き出したりするようになっていくプロセスである。

まとめとして以下列記する。

1)性病対策は、兵士の健康を維持し、強い軍隊を作るために必須の活動とされた。
日本においても、軍事的な要請から性病対策に取り組んできた歴史がある。

2)日本軍は、その対策として軍指定遊郭、戦時には軍慰安所を作り兵士に利用させたが、有効な予防策とはならなかった。また、そこには女性の奴隷的処遇という犠牲があった。

3)軍隊には、兵士に「男らしさ」を強調することによって強い軍隊を維持しようとする構造がある。そのために、様々な形で女性が軍事化され、利用され、分断される。

4)社会の理解の仕方が問題で、社会の何に価値をおくか、そこに軍事の視点、男らしさの視点が意識されないまま広がっている。そのことの検証が必要である。

5)戦前・戦中に多くの医師が軍医として、軍慰安所にかかわったことに対する責任の自覚と反省は、日本の医学界の今後のあり方を考えるうえでも必要なことではないか。ジェンダーの視点から公衆衛生活動を見直すことが必要である。

(文責編集部)