治安維持法をふたたび繰り返すな 「生活図画事件」の被害者松本さん
戦前の「生活図画事件」で投獄された松本五郎(まつもと・ごろう)さんが10月24日、肺炎のため死去した。99歳だった。近年は共謀罪に反対する講演など、自らの体験からくる表現の自由を護る活動をしていたという。
生活図画とは、1932~40年、北海道旭川師範学校・熊田満佐吾、旭川中学校・上野成之両教師とその教え子たちが実践した美術教育の方式で、自分の身のまわりの生活を、現実のままにリアルに描き、その生活がどうしてあるのか、変えるためにはどうしたいいのかを議論しながら、絵を描いていくもので、民主的な教育運動の先駆的実践であった。
それが当局の目に触ったのだろう。41年1月北海道綴方教育連盟の教師53人とともに熊田は検挙される。師範学校は美術部員を取り調べ、卒業直前に5年生5人を留年・思想善導、1人を放校にする。9月には熊田の教え子21名と上野の教え子3名が特高により検挙される。
松本さんは旭川師範学校(現・北海道教育大旭川校)の学生だった1941年、日常生活をありのままに描く美術教育運動「生活図画」の影響を受けて勤労動員の休憩中に寝そべって話す学生の姿などを描いたところ、特高警察に「共産主義を啓蒙(けいもう)する」と判断され、治安維持法違反容疑で逮捕。1年余にわたり勾留された後、執行猶予付きの有罪判決を受けた。この事件では計25人が摘発された。(「毎日新聞」2020年10月25日)
松本さんとともに当時学生で逮捕された菱谷良一(旭川)さんは、生き証人として「生活図画事件」のことを思い出し語っている。
たとえば東京芸術大学上野キャンパスで定期的に開催されている「芸術と憲法を考える連続講座」。この講座は私もよく参加しているが、2019年5月14日に「『表現の自由』が奪われた時代を生きて」という「生活図画事件」についての講座があり、300人以上が参加した。
当日は講座のスタッフでドイツ語講師でもある川嶋均さんが「生活図画事件」の概要について講演した。川嶋さんは、北海道に行って遺族の方や関係者を訪ねたりと、「生活図画事件」の話を掘り起こしているという。その後は被害者で当事者の菱谷良一さん(97歳)が当時のことを証言した。
穏やかに語る菱谷さんだが、筆舌尽くしがたい苦悩と責めがあった。「いくら否定しても特高は許してくれない」「旭川の刑務所には暖房がなく、冬は零下30度になる。とても耐えられない」
「生活図画事件」や「北海道綴り方連盟事件」など、治安維持法が起こした弾圧についてあまりに伝えるものが少ない(後者は三浦綾子の小説「銃口」の題材となっているが)。
亡くなられた松本五郎さんを安らかに追悼するためにも、是非とも事件についての資料継承と創作の発表や活動を願ってやまない。
■参考
「思想犯」にされた日々 95歳と96歳 治安維持法を語る
https://news.yahoo.co.jp/feature/741