軍隊と戦争の経験が垣間見える――神奈川における関東大震災朝鮮人虐殺

3月26日(土)13時半より、明治学院大学白金校舎にてプライム公開研究会がおこなわれた。「関東大震災時の朝鮮人虐殺、新資料から読み解く」と題して、姜徳相・山本すみ子共編『神奈川県関東大震災朝鮮人虐殺関係資料』(三一書房発行 2023年)をどう活かしていくのか、二人の研究者をむかえて開かれた。明治学院大学国際平和研究所(PRIME)と関東大震災時朝鮮人虐殺の事実を知り追悼する神奈川実行委員会の共催により開催された。

研究会資料によれば、この資料集には虐殺への軍隊の関与を示す「神奈川方面警備部隊法務部日誌」や自警団に関する報告、横浜の虐殺に関する証言、朝鮮史研究者である故・姜徳相氏が古書店より入手した新文書があり、この文書は神奈川県知事が内務省警保局長にあてた報告書とみられ、そこには神奈川県内で起きた59件の朝鮮人殺傷事件の概要が記載されていて、従来の通説を覆す内容だという。

研究会は主催者の趣旨説明の後、共催団体である山本すみ子さん(関東大震災時朝鮮人虐殺の事実を知り追悼する神奈川実行委員会)から挨拶があり、前田朗(前東京造形大学)さんから「震災朝鮮人虐殺のタブー・摂政裕仁の責任をめぐって」と愼蒼宇(法政大学)さんの「神奈川における朝鮮人虐殺の背後にある植民地戦争経験を読み解く」の報告があった。

休憩を挟み、藤野裕子(早稲田大学)さんと李圭洙(東農文化財団姜徳相資料センター)さんからのコメントの後、質疑応答と討論をおこなった。ここでは愼蒼宇さんの報告を紹介する。

『神奈川県 関東大震災 朝鮮人虐殺関係資料』姜徳相 山本すみ子 共編 三一書房
https://31shobo.com/2023/07/23004/

報告する愼蒼宇(シン・チャンウ 法政大学)さん

報告する愼蒼宇(シン・チャンウ 法政大学)さん



■愼蒼宇(シン・チャンウ 法政大学)さん

資料の背後にある事実の探求をしてみたい。なぜ、朝鮮人暴動というデマが官民双方から発生し、それを信じた両者が虐殺という暴走にいたったのか。

先行研究では姜徳相が、民族独立運動を敵視する官憲グループ(軍隊と警察)の存在や植民地戦争(甲午農民戦争~日露・義兵戦争~三一運動~シベリア干渉戦争~関島虐殺)の延長線に大震災の虐殺があったと指摘。

矢沢康裕は日本の民衆の体験に軍隊兵士の朝鮮配属とシベリア戦争の体験が、朝鮮人への偏見・敵視が媒介されたとしている。

関原正裕は埼玉県における朝鮮人虐殺現場を検討して、兵士が「不逞鮮人討伐」経験と自警団の影響を考察した。

愼蒼宇は軍首脳、郷土部隊の植民地戦争の経験、そこからの理論、手法が蓄積されていたとの検討をしている。

陸軍大臣山梨半造と次期陸軍大臣田中義一、そして参謀総長河合操。教育総監大庭二郎、軍事参議官(のち戒厳令部司令官)福田雅太郎、軍事参議官町田経宇という軍事参謀会議のメンバーをみておこう。

甲午農民戦争、台湾支配、日露戦争、義兵戦争、三一独立運動、シベリア戦争・関島虐殺に関わりをもっており、とくに朝鮮の武断政治に関しては山梨半造を除くとすべて関わっている。「植民地の反乱と革命情勢という帝国主義の危機の前線にいた重要な連中はみんな震災時に日本に帰ってきて当局の要職にいた」(姜徳相 2014)

植民地戦争の経験のある師団が関東大震災の警備に参加している。9月2-3日には神奈川に軍が当直している。資料に9月「懇切丁寧=処理シ」とあるが、これは非道な事が起きている対応なのではないか。

戦争の軍歴が垣間見えるのだが、「自警団の主体となった在郷軍人、消防団員、青年団のメンバーをはじめ町の八百屋や魚屋、豆腐屋のおじさんたちはみな甲午清日戦争、露日戦争、義兵戦争、シベリア戦争、三・一大虐殺、関島大虐殺に参加した日本軍兵士の軍歴を持」った朝鮮人蔑視・敵視の天皇教徒であった。(姜徳相 2008)

神奈川県住民の徴兵管区は甲府連隊区(歩兵第49連帯)で、朝鮮植民地戦争に多く関わった。関島に接する国境での義兵戦争(1907年~)から、捜査と軍事行動をおこない、沿岸警備などでも警察・憲兵の協力しあい通行監視をしていた。

植民地戦争は民族運動を「暴徒」と規定して、戦時と平時が分離せず。義兵戦争では韓国総監(朝鮮総督)の統帥権のもとで、弾圧を戦時編成ではなく平時の編成で遂行していた。それは憲兵・警察と連携して行動し従事していた。

植民地戦争のなかでは弾圧側の認識と行動は「やむなく発砲」「正当防衛」として行動や事件を隠蔽したり、正当化してきた。捕虜の対処は「憲兵・警察の送致」だが、これまで犯行(実行)者が軍法会議で有罪となった事例はない。国家の責任の隠蔽とその論理が関東大震災の時でも貫かれている。

資料では、朝鮮人が自警団に追い詰められて自衛に及んだと思われる状況が記述されている。植民地戦争においては朝鮮人にとって自衛が、支配する側にとっては「暴動」となり、正当防衛論となり、殺害しても罪を問われない。

史料からはふたつの点「植民地戦争と日本軍隊自警団」「繰り返す虐殺のからくり」を抽出できる。考証から歴史認識の再構築へと向かわねばならない。

(文責編集部)

韓国からオンラインで李圭洙(東農文化財団姜徳相資料センター)さんからのコメントが伝えられた

韓国からオンラインで李圭洙(東農文化財団姜徳相資料センター)さんからのコメントが伝えられた

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神奈川県 関東大震災 朝鮮人虐殺関係資料
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