戦後80年「戦争」の展示を見に行く―1

郡山市歴史情報博物館の多目的ルームでの「郡山に残る戦争の記憶」
今年2025年、戦後80年はおそらく多くの戦争にまつわる展覧会が開催されるだろうと思ってサイトなどをチェックしていた。
東京アートビート(https://www.tokyoartbeat.com/)というサイトでは特集していた。
https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/wwii-80th-anniversary-exhibitions-202507
【戦後80年特集】美術館・博物館で「戦争」を考える展覧会23選——アート、写真、マンガ、アニメ、演劇まで(公開日:2025年7月11日)
上記に紹介されている展覧会はなんらかのかたちで戦争にまつわるものと、戦後から現在で括られたものも含まれている。日本全国から全部で23が選ばれており、ここで報告したものも含まれている。既に終了したものもあるので、すべて廻ることは困難だが、めぼしいものがあれば訪れてほしい。
また、このような大きな展覧会ではなく、市民の手で開催されるものがある。いわゆる「戦争展」なのだが、例年の夏はだいたい一度は訪れていた。今年は可能な限り行ってみようと思ったが、なかなか難しかった。それでも行けたところだけでも報告しよう。
福島県の郡山市では2つの戦争展が開催されていた。福島県郡山市麓山1丁目にある市歴史情報博物館と市公会堂の2カ所で8月14日、戦争に関連する展示があった。ここでは2025年3月にできた郡山市歴史情報博物館でのミニ展示を見てみよう。
博物館の入口をすぐのコーナーに「郡山に残る戦争の記憶」と題された展示があった。

プロペラ。日大工学部がある場所には戦前、海軍航空隊があった。そこで訓練用に使われていた八九式艦上攻撃機の部品
<福島県郡山市麓山(はやま)1丁目にある市歴史情報博物館と市公会堂の2カ所で14日、戦争に関連する展示が始まった。
博物館が開催する「郡山に残る戦争の記憶」で特に目を引くのは、木製のプロペラだ。切断されて三つに分割されているが、つなげると150センチほどになる。
現在、郡山市内の日大工学部がある場所には戦前、海軍航空隊があった。そこで訓練用に使われていた八九式艦上攻撃機の部品とみられ、航空隊で働いていた市民が長年保管。遺族が市に寄贈し、初公開されることになった。
郡山空襲で投下された250キロ爆弾の破片も展示されている。これも市民からの寄贈だ。>(朝日新聞デジタル2025年8月15日)

郡山市空襲の被害箇所と航空写真(下)
郡山市は駅の周辺に軍需工場があり、戦時中はそこに空襲を受けたようだ。展示の説明では1945年4月12日、7月29日、8月9日、10日の計4回の空爆を受けて約530名が亡くなったという。

鉄兜と銃弾、爆弾の破片

疎開と防空壕。当時の写真
展示の奥では戦時中の映画『郷土福島』(約60分)がループで上映されていた。これは1942年(昭和17)の制作で、郡山市市議員の多田暢(ノボル)が、中国大陸へ出征した郷土部隊への慰問のために、1940~42年にかけて、福島県内各地の風景を撮影したもので、当時の雰囲気が伝わり、故郷の郷愁を感じさせるところもあって興味深かかった。

映画『郷土福島』

映画『郷土福島』。当時の福島での農作業のようす
展示の規模は小さなものだが、地元の空襲とその被害。当時の物資・用品など的確なものだった。なお、福島県立博物館(福島県会津若松市)では「私たちの戦争体験-アジア・太平洋戦争終戦80年-」も開催されていた。

戦時中の飛行服と軍服

当時の飯盒、水筒、軍靴、ゲートルなど

「しながわ平和のための戦争展」会場での布施祐仁さんの講演
品川の2025年第41回「しながわ平和のための戦争展」は8月21日~24日まで品川区区民ギャラリー(イトーヨーカドー大井町店8階)で開かれた。約600人が参加したという。
戦争にまつわる資料展示、模型展示の他にジャーナリスト布施祐仁さんの講演や高校生の平和学習の報告、被爆証言、沖縄の歌などの実演も行われた。

品川で見つかった不発弾の模型

城南空襲を描く小島義一さんとその絵画の説明
ここでも地域の空襲があり、その記録の展示があった。品川区では度重なる空襲により甚大な被害を受け45年5月24日の空襲では東京都品川区など東京南部で約560人が命を落としたとされる。「城南空襲」と称され、500機超のB29が現在の東京都品川、目黒、大田の各区などを襲い、3600トン超の焼夷弾を投下したとされる。B29の数、焼夷弾の量は同+年3月10日の東京大空襲の約300機、約1600トンを上回り、現在の品川区域は7割が焼失したともいわれる。(東京新聞 2025年5月23日)会場の一角では体験者の小島義一さんの描く城南空襲の絵が飾られていた。

子ども向けの昔話の絵本も日本の戦争を鼓舞する物語になっていた
会場の展示は日清・日露戦争後の子どもの遊びと昔ばなし絵本から見る変化からはじまり、そこから日本人の優越・差別意識を指摘していた。その後の中国侵略、戦争の記録、品川での戦争の足跡を探り、日本軍慰安婦にみる女性差別、そして核爆弾の被害、日本国憲法による武力にたよらない平和への道を探るものとなっていた。
(この項続く)

「愛国いろはがるた」

「北支事変写真帖」。日中戦争の最初の盧溝橋事件だが、たびたび名称を変えた

珍しい展示に見入っていた

戦時性暴力・日本軍慰安婦の資料展示もあった

左から慰問袋、軍隊手帳、瀬戸物の手りゅう弾、陶器のボタンなど
https://heiwanotameno.net/index.html
しながわ平和のための戦争展

2025年第41回「しながわ平和のための戦争展」チラシ
