未熟な日本として済ませられない『南京写真館』未公開の現実

(映画『南京写真館』中国経済新聞より)
https://chinanews.jp/archives/26609
2025年は戦後80年だったが、さまざまな戦中の問題は継続したままだ。むしろ「新しい戦前」の議論のほうが活発だった気がする。戦争責任と植民地責任にきちんと向き合ってこなかった日本社会が問われているのだろう。
昨年の夏に中国で公開された2本の映画は、戦中の南京事件と731部隊という、日本軍の加害をあつかったものだが、それが日本では映画公開が見込めないということ。そのことが認識されず対応できていないところに大きな問題がある。
ふたつの映画は『南京写真館』(2025年7月25日公開)と『731』(2025年9月18日公開)で、マスコミはヤフーニュースにあるような「反日感情の高まりが懸念される」というような内向きで紋切型の報道に終始していたようだ。
中国で旧日本軍による加害を描いた映画「南京写真館」が大ヒット上映中 観客はどのような人々か?
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/9918ac3bd9ceecf8d68bb4685e01814f79efcd4f
映画人はさすがに違う見方していた。監督の原義和氏は映画『南京写真館』と映画『731』を中国に行って見たことをnoteに公開して、内容についても評価している。また、脚本家・映画監督の井上淳一氏は<中国映画『南京写真館』が日本で公開されない現実>のなかで、南京事件についても「物事を矮小化するのは許せない」と書いて、具体的に日本でなんとか公開できないかと嘆いている。(月刊「創」2026年2月号 ヤフーニュース1/20(火) 配信)
現在の政府を巻き込んだ中国蔑視・敵視の風潮のなかでは、一般的にそのように冷静に捉えることは難しいのだろうか。やはりnoteなのだが、在日中国人だという書き手が<『南京照相館』国際上映と日本未公開の背景>を掲載しているのが参考になる(『南京照相館』とは『南京写真館』の中国語の原題だが、煩雑になるので日本語表記で記す)。
この記事は映画『南京写真館』が中国で公開されて、反響をよび、興行収入をあげたこと、総じて「過去の悲劇を忘れない」というナショナルな感情の喚起と結びつき、強い共感と涙、そして一部には対日不信・怒りという形で現れていると指摘する。
そしてこの映画は海外においても2025年8月以降順次公開されて、異例の広範な上映展開であり、反応についても「欧米メディアや批評家の受け止め方は比較的冷静かつ分析的であり、中国や韓国で見られるような直接的な怒りや悲憤というより、作品の芸術性・普遍性や歴史の教訓に焦点を当てている」と紹介している。
また、韓国でも公開されたが、韓国のネット上では「中国の対日批判に共感・連帯する言説」がみられるという。大勢としては「歴史の真実を伝える試み」として肯定的に受け止め、「日本の加害の歴史を世界に知らしめ、公正な歴史認識を促す動き」として、韓国ではおおむね歓迎・支持する声が主流だとしている。
最後に、日本の現状について展開し、公式上映の動きは無く、主要メディアでの紹介も少ない。そして以下のように締めくくる。
そもそも「南京」の名を冠した映画作品は、日本では長らく商業上映が敬遠されてきたという歴史がある。(略)映画のタイトルや内容に南京事件が含まれていると配給会社も映画館も萎縮し、「右翼やネット右翼が襲ってくる、街宣車が押しかける、いやがらせの電話が殺到する」と条件反射的に思い込むからだという(略)
日本国内では右派団体等による実力行使や抗議、あるいはそれを恐れる自主規制により、南京事件関連の映画上映が長年阻まれてきた現実がある。
https://note.com/terns_shinya/n/n2e878e91efbe
しかし、上映されないことが日本社会が過去の戦争犯罪に真剣に向き合っていないとの印象を与え、マイナスであること、それよりも、映画を公開することによって国際的にも評価が向上し、対話を促進させ、国際関係の観点からも国益に資するし、東アジアでの平和と日本の信頼を築けるとまとめている。
まさに正論なのだが、映画以前に南京大虐殺という事柄そのものがタブー視されている。これについては笠原十九司『南京事件論争史』(平凡社新書 2007年)で南京事件についての諍いの歴史的経過がかれている。南京事件について発生当初から、日本の政府・指導者たちは知っており、東京裁判においても史実認定されている。それがなぜ未だに国民の歴史認識に定着していないのか。
日本政府は戦前・戦中の日本・日本軍にまつわるさまざまな問題(従軍慰安婦・徴用工・毒ガス遺棄…)に対して頬かむりを続け、何か指摘されたり事件が発生したときに場当たり的に対応してきたからではないのか。日本の植民地支配や侵略戦争についての(国)外的・(国)内的責任は積み残されている。南京大虐殺もそれに連なるものとしてあり「それが歪曲され、あるいは抹殺されるような社会は民主主義国家としては未熟か、さもなければ危機的状況にある」(前掲書のなかのフランスのジャーナリストからの言葉)というのが現実だと認識するしかない。
歴史的には近代日本が「殖民地帝国」へと変貌し、「東亜新秩序」を指向しアジアへ侵略を進めるなか日中戦争が起こり、そのまま太平洋戦争へと続き、さらにアジア各地で惨劇が続いたのだが、南京大虐殺をアジアへの侵略史なかに位置づけて考えることが重要だろう。
たとえば<日中五十年戦争>という副題をつけた一ノ瀬俊也『旅順と南京』(文春新書 2007年)では、日清戦争のなかでおきた旅順虐殺について、南京事件との共通と類似性を指摘している。勝利の戦争ゆえに問題視されなかったのだろう(この時点で軍と兵士のありかたを反省・検討すれば虐殺は起きなかったかもしれない)。
さらに満州事変を経て南京大虐殺後においても、中国大陸(河北など)の日本軍の前線では南京と同様のことが継続していたことを確認したい。
田村泰次郎が「長い戦争の期間をとおして、日本軍に殺された住民の数は、恐らく日本軍と闘って死んだ中国軍の兵隊の数よりも多いのではないだろうか(略)」と記していたように、日本軍が治安戦と称した(略)「治安強化作戦」などによる中国民衆の犠牲者は膨大なものであった。(笠原十九司『日本軍の治安戦』岩波現代文庫 2023年)
そうしたなか中国での強制連行・強制労働は、1937年から45年の間に日本軍により「河北で奴隷労働をさせられた労工は約二〇〇〇万以上であった」「日本軍により強姦と性奴隷被害をうけ、あるいは性病にかかった女性は六二万三八八人におよんだ」(前掲書)とされている。
「中国側がこうむった人的、物的損害の総額は膨大であった。その正確な数量を算出することは不可能であるが、現在の中国の公式見解は(略)三千五百万人が死傷し、六千億ドル以上の経済的損失をうけた」(前掲書)
つまり「侵略・残虐事件の象徴として南京大虐殺事件(南京事件と略称)が語られることが多いが、三光作戦のなかでおこなわれた虐殺・残虐事件こそが、(略)日中戦争の侵略性・残虐性を象徴する深刻なものであった」(前掲書)ことを理解することが重要だろう。詳述はしないが、本のなかでは日本軍兵士の証言を引用し、兵士が農民たちの作物を略奪し、石で頭をかち割り、女性を強姦し口封じのために殺害するさまが日本軍の治安戦の実相として描かれている。虐殺は日常的だったのだ。
映画『南京写真館』が上映されないのは、上述のような認識ができてこなかった日本社会が原因なのだが、嘆いてもはじまらない。蟷螂の斧のいわれようと絶えず歴史の事実を突きつけていこうと思う。
(本田一美)

(映画『南京写真館』中国経済新聞より)
